世界的パフォーマンスグループ「電撃ネットワーク」のリーダー・南部虎弾(なんぶ・とらた、本名・佐藤道彦=さとう・みちひこ)さんが20日、脳卒中のため、搬送先の病院で亡くなった。72歳だった。所属事務所が21日に発表。葬儀・告別式は近親者のみで行い、後日お別れの会を予定している。16日にはかわいがっていた後輩のエスパー伊東こと伊東万寿男さん(享年63)を亡くしたばかりで、お別れ会を開きたいと周囲に訴えていたところだった。
事務所の公式サイトは「突然ではございますが、電撃ネットワークを長年牽引してきたリーダー南部虎弾 昨日23:55 脳卒中の為、帰らぬ人となりました」と報告。続けて「突然の悲しい出来事に、困惑しておりますが、ファンの皆様を大事にしてきた南部虎弾に代わり、思いをお伝えいたします。長い間、応援ありがとうございました」とつづった。
南部さんは糖尿病のうえ、心臓のバイパス手術を受けており、腎臓は妻から移植手術を受けていたが、最近は体調がいい様子で元気に過ごしていたという。19日の夕方ごろまで知人と電話するなどしていた。
ところが、午後11時ごろに夫人が帰宅したところ倒れており、都下の病院に救急搬送された。脳卒中ですぐさま手術が行われ、集中治療室に入ったものの、すでにほぼ手の施しようのない状態で、20日午後11時55分に意識の戻らぬまま帰らぬ人となった。故人の遺志で、万一のことがあっても延命措置を取らぬように決めていたといい、持ち前の根性で丸1日頑張った。
20日には地方で電撃が出演するイベントが行われたが、南部さんは体調不良を理由に欠席した。帰京後に死去を知ったメンバーは、いまだ混乱しており、その事実を受け止め切れない様子だという。
16日には南部ファミリーだったエスパーさんがてんかん重積で亡くなったばかり。多発性脳梗塞で倒れてから施設に入り、面会がかなわぬままだった。南部さんは「どうしてもひと目会いたかった。せめてお別れの会を開いてやりたい」と周囲に訴えており、実際にその方向で話が進み始めていたようだ。
南部さんを古くから知る関係者は「エスパーさんとは昔一緒のプロダクションに所属していたし、時にケンカしたりしながらずっと“アウトロー”な芸人としてともに歩んできましたからね。切っても切れない兄弟のような関係でした。晩年のエスパーさんは『南部さんに会いたい』と漏らすこともあったようです。コロナがなければね…。芸人仲間は皆『エスパーさんが呼んだのだろう』と噂していますよ。今ごろ、あっちで仲良くやっているかな。これで一つの時代が終わりましたね」と語る。
南部さんは高崎経済大在学中に渡仏してボランティア活動に精を出した後、帰国して役者に。黒澤映画「影武者」にチョイ役で出演。テアトル・エコーで中村ゆうじ、上島竜兵さんらと知り合った。そこからダチョウ倶楽部(キムチ倶楽部)を立ち上げたが、脱退してギュウゾウらと過激な芸風の電撃ネットワークを結成。デーブ・スペクター命名の「TOKYO SHOCK BOYS」として海外進出を果たした。デンマークのアジアフェスティバルでは、女王の前でダンナ小柳がケツを出し、パンツに挟んでサボテンを割る芸を披露。現地紙の1面に取り上げられ、南部さんは「不敬罪で逮捕される恐怖があり、生きた心地がしなかった」とネタにしていた。
独特の存在感は世界的に有名で、テクノバンド「ザ・プロディジー」の故キース・フリントや写真家のアラーキーこと荒木経惟氏は、南部さんいわく「私のカッコよさに影響された」とのことだ。
芸能界屈指の顔の広さとプロデュース力を生かし、電撃はお笑いイベント「新宿クレイジーナイト」を開催。その珠玉の芸の数々は人々の記憶に刻まれている。
【エスパー身元引受人ビトたけしとトラブルも…】南部さんはエスパー伊東さんの死去直後、伊東さんと親交があり、身元引受人だったお笑い芸人・ビトたけしを非難するX(旧ツイッター)投稿を繰り返していた。
「死にそうなのに、知人たちにも会わせず。亡くなってから連絡してきて、そりゃないだろう! ひどい話だ!」
フェイスブックでもこの件に触れ、ビトが開く見送りの会などには参加しないとして「ビト君に会ったらぶん殴ると思います」とつづっていた。
一方のビトはXを通じて「南部さん19日にも電話でお話してエスパー伊東さん日程や、お別れの会の話をしていたのに、何故ですかまだ、信じられません。心からご冥福をお祈りいたします」と哀悼の意を表した。



















