【多事蹴論(79)】Jリーグバブルに貢献したブラジル人ストライカーの超人気とは――。1993年に発足したプロサッカーのJリーグには多くの世界的ビッグネームが参戦した。名古屋に加入したイングランド代表エースFWガリー・リネカー、市原(現千葉)はW杯優勝メンバーのドイツ代表MFピエール・リトバルスキーを獲得し、横浜Mにはアルゼンチン代表FWラモン・ディアスが加わるなど、世界トップで活躍した名選手が日本サッカー界を盛り上げた。
ただ、そんなスーパースター以上に注目されたのは鹿島に入団したFWアルシンドだった。ブラジル1部フラメンゴやグレミオで目立った成績を残せなかった中、ブラジル代表で10番を背負った“神様”ジーコの要請を受けてJリーグ入りを決意。もともと中盤の選手だったが、スピードと正確なキックを評価されてFWに転向すると大ブレーク。特に長髪ながら頭頂部だけ薄毛というフランシスコ・ザビエルのような特徴的な髪形もあって人気を博した。
さらにネアカなキャラクターも注目され、かつらメーカー「アデランス」のテレビCMに出演。片言の日本語で「トモダチなら当たり前~」「アルシンドになっちゃうよ」というフレーズは大ブームとなり、ジーコから「そんな髪形でも金になるんだな」と“お褒め”の言葉をいただいたという。さらに「カンロのど飴」や清涼飲料水「ペプシ」のCMでキャラクターを務めるなど、無名だったブラジル人は日本で「時の人」となった。
その勢いはとどまらず、95年には鹿島からスター軍団のV川崎(現東京V)に移籍。Jリーグをけん引する人気チームで注目度を高め、V川崎のイケメンストライカーFW武田修宏やMF北沢豪と肩を並べる人気者となり“出待ち女子”も急増した。さらにカップ麺のテレビCMに起用されるなどスター街道を突き進んだ。移籍1年目に19得点を挙げて、ストライカーとしての実力を証明した一方、素行の悪さが問題視されることも。試合中、レフェリーに対し「泥棒」「バカ」などの暴言を吐いて出場停止となることも多かった。
アルシンドはV川崎と契約更改で合意できず、95年シーズン限りで退団し、96年にはJFLの札幌に加入するも、すぐに退団。そのままブラジルに復帰したが、97年に再びV川崎に戻ってプレーした。2000年にブラジル2部でジーコが設立したCFZで現役を引退。その後は選手時代に蓄えた資金を使って約450ヘクタールの大農場を経営するなど、各種事業にも取り組んだ。
実業家に転身した後も高い知名度を生かし、たびたび来日。テレビ出演や講演会を実施し、定番の「トモダチなら~」というフレーズで笑いをとっている。また息子のイゴールもサッカー選手となり、11年には自身が所属した鹿島入り。22年には甲府でプレーしていた。 (敬称略)











