【取材の裏側 現場ノート】サッカー日本代表は、2026年北中米W杯アジア2次予選第3戦で北朝鮮と対戦する。来年3月21日がホーム、26日がアウェーでいずれも会場は未定となっている。北朝鮮の首都・平壌でのアウェー開催と言えば19年前のことを思い出す。

 05年3月、記者はドイツW杯アジア最終予選の北朝鮮―イランを取材するため平壌を訪れた。同組の日本が6月に北朝鮮と平壌での対戦が決まっていたため、敵情視察を兼ねた取材だった。

 3月30日、5万人の大観衆で埋まった金日成スタジアムは異様な熱気に包まれていた。異変が起きたのが2―0でイランの勝利に終わった試合後だ。ピッチから引き揚げるイラン選手団に罵声だけでなく、イスや酒瓶が次々と投げ込まれた。

 まるで幼少期に見た、あの場面のよう。1987年12月27日の新日本プロレス両国大会。TPG(たけしプロレス軍団)の乱入に端を発し、会場で暴動が起きた。だが、明らかに規模が違う…。

 イラン選手団はわれ先にと、ロッカールームへ逃げ帰る。すると今度は、試合を裁いた主審に矛先が向けられた。イランの選手が激しいチャージをしたが、主審はファウルを取らなかったからだ。

 危険を察知した軍警察は審判団にピッチにとどまるよう指示。16分後にようやく控室へと引き揚げたが、観客の興奮は収まらない。次々とピッチになだれ込むと、スタジアム内部にも侵入した。

審判団、記者は軟禁状態に(2005年3月、金日成スタジアム)
審判団、記者は軟禁状態に(2005年3月、金日成スタジアム)

 会見場にはイラン代表監督と日本人プレス3人、外国人プレス1人がいたが、会見などできる状態ではない。ついに暴徒化した観衆は会見場入り口まで到達。イラン代表監督はボードの後ろに身を潜め、記者も生きた心地がしなかった。〝軟禁状態〟となった記者団がスタジアムを後にしたのは、試合終了から2時間後のこと。集団心理とは恐ろしいものだと痛感した。

 結局、この暴動により北朝鮮は国内での開催権を剥奪され、日本戦は第三国・タイでの無観客試合になった。日本は平壌での北朝鮮戦に未勝利で、11年のブラジルW杯アジア3次予選も0―1で敗れている。早くも中立地開催を求める声が上がること自体、〝アウェーの洗礼〟を浴びているのかもしれない。

(元サッカー担当・小坂健一郎)