お笑いタレント・カンニング竹山(52)が、千原ジュニアの公式YouTubeチャンネルに28日に投稿された動画に出演。2006年に相方の中島忠幸さん(享年35)が亡くなったことについて言及した。

 動画では借金地獄だった竹山が、所属事務所「サンミュージック」の副社長で、お笑いコンビ「ブッチャーブラザーズ」のリッキーの助けもあり、ブレイクしていった流れを回顧した。

 相方の中島忠幸さんは2004年に白血病のため入院し、2006年にウイルス性肺炎の発症により亡くなった。コンビでブレイクし始めた時には「寝れないスケジュールで働いていた」と明かし、「ロケバスで皆寝ていて…徹夜で来ているから。『着きました。ロケです』って言われたら、(相方の)中島が起きなくて。『大丈夫?』って言ったら『風邪かな』って言っていて」などと当時を振り返った。

コンビ時代のカンニング(右が中島忠幸さん=2004年)
コンビ時代のカンニング(右が中島忠幸さん=2004年)

 中島さんは病院で風邪と診断され、休んでも治らなかったため、竹山は別の病院の受診を勧めた。そして、バラエティー番組「痛快!明石家電視台」のロケで大阪に向かうため、東京駅のホームにいた時、マネージャーから竹山に電話があり「白血病かもしれない」と病状について言われたという。

 最初は検査入院と説明していたが、各所から問い合わせが殺到したため記者会見を行い、急性リンパ球性白血病と病名を明かす流れとなった。

 相方が亡くなり、ピンで活動することになった竹山は「漫才師やってる限りは、テレビで食えなくなっても、みかん箱持って地方で漫才やれば金とれるかもしれない。(中島さんが亡くなり)それがなくなるから。でも(その後も)テレビではめちゃくちゃ忙しい。俺って存在は何なんだっていうのはずっと思っていて」と当時からの心境を明かした。