【取材の裏側 現場ノート】現役引退を決断した東京五輪空手男子形金メダルの喜友名諒(32=劉衛流龍鳳会)は、誰よりも〝人間味〟あふれるアスリートだった。

 東京五輪で初採用となった空手において、最も頂点に近いと言われたのが喜友名だった。新型コロナウイルス禍で祭典が1年延期となっても「年齢と出場種目の特性上、この1年の熟度を考えた時、さらに絶頂期を迎えるに違いないと思えた」ときっぱり。当然プレッシャーはあったはずだが、きっちり照準を合わせ、日本勢で唯一となる金メダルを手にした。

 決勝の演武は、記者席にいた誰もが「これは別格」だと舌を巻くものだった。だが、私は演武後の喜友名の行動、言動が深く脳裏に刻まれている。

 2019年2月に母・紀江さんが57歳で他界。東京五輪で躍動する姿を母に見せることはできなかった。それでも、母との誓いを実現するべく、稽古に琉球舞踊を取り入れるなど、あらゆる角度から己の演武を磨き抜いた。決勝後には畳の中心へ戻り、その場で正座をして深々と一礼。「約束を守ったよ。すべてに感謝したいと思います」。大粒の涙を流す姿は、まさにサムライだった。

 これぞ空手家という振る舞いの数々。しかし、畳の外では意外な一面も垣間見えた。かつて喜友名は「ボクシング、MMA(総合格闘技)、RIZINも見ますね」と語るなど、格闘技に高い関心を持っていた。ただ「オファーを受けた場合は?」と質問した際には「ボコボコにされます…」と笑い飛ばしてくれた。

 冗談交じりの会話にも応じてくれる器の広さも兼ね備えており、ある選手からは「喜友名くんは面白いですよ。普通に下ネタも話しますし、外国人選手とも会話を楽しんでいます」との証言を聞いたこともある。

 そんな喜友名は、現役時代から自身の道場(劉衛流喜友名龍鳳館)で子どもたちの指導にも携わっており、今後は後進の育成などに力を注ぐ。現役生活を終えても、究極の目標は今も変わっていない。それは、師匠と仰ぐ佐久本嗣男氏のような人間になること。

「私が知る限りでは、唯一無二の存在であり、憧れであり、その背中を追い求め続けていきたいと思っている。今の自分がするべきことを一つひとつクリアし、さまざまなスキルを身につけ、目指す人間像にしていきたい」

 絶対王者のまま、畳に別れを告げた喜友名。その生きざまは、まさに空手界のキングといえるだろう。

(五輪担当・中西崇太)