【前田日明(31)】1999年2月の引退試合にアレクサンダー・カレリンを呼ぶためにリングス・ロシアが総力戦で動いてくれていた。五輪4連覇を目指していたからレスリング関係者は猛反対。でも(ウラジミール)パコージンが泣きながら「前田はペレストロイカでスポーツマスター制度が打ち切られ、生活ができなくなった選手を何十人と救った。そんな男のため、ロシアの英雄と言われる人間が1試合したところで何の不名誉なことがあるんですか」と言ってくれたのが決めゼリフになった。カレリンも「それは本当の話か。じゃあやろう」と。
あの試合を「エキシビションじゃないんですか」っていうやつがいるけど、五輪金メダリスト、しかも4連覇を狙ってる時、なんのためにエキシビションをやらなきゃいけないの。それもレスリングじゃなく、全く違う他競技で。あり得ないでしょ。ファイトマネーもたった2万ドル(約288万円)で「いい」と言ってくれて、こっちが驚いたんだよ。
引退試合とはいえ、カレリンをプロモーターとして呼ぶことができ、選手としても最後に対戦できて感慨深いものがあった。「世界最強の男はリングスが決める」と言って旗揚げして、実際に体感できたわけだからね。
試合に向けては「勝てないまでもタックルでテークダウンする。一本を取る」という2つをテーマに戦ったんだけど、倒してやろうと組んでも全然動かなくて。「あれっ」と思ったら手が回ってきてさ、ブンって振り回されて「なんなんだこの力は」って。その瞬間、首がバキバキって鳴っておかしくなった。経験したことのない、考えられない力だよ。
それでもなんとかグラウンドに持ち込んで、アンクルホールドで最初のエスケープポイントを取った。普通の1本勝負だったら俺の勝ちだったのになあって。あの時に俺が足を決めたからカレリンは次の五輪で4連覇を逃したんだよ(笑い)。
とはいえ首を完全にやられてしまったので、その後は何もできなかったね。2ラウンドになったらケサ固めで2度のエスケープポイントを奪われて逆転された。なんていうか…重機で首を決められて持ち上げられてるような気分だったね。徹底的に首を狙われ、最後はネックロックの体勢のまま試合終了のゴング。ああ…今日で選手生活が終わったんだなと。
格闘技に関して俺ぐらいいろいろな経験をしたヤツはいないだろうな。小学生のころにウルトラマンのカタキを取ろうと少林寺拳法を始めて最後の相手はゼットンのような強さを持つカレリンだった。とはいえこれからもリングスは続いていく。引退はしたけど、プロモーターとして強い選手を発掘していかないといけないなと思った。
☆まえだ・あきら 1959年1月24日生まれ。大阪市出身。78年8月に新日本プロレスでデビュー。84年に第1次UWFに参加後、88年に第2次UWFを旗揚げ。91年にはリングスを立ち上げた。99年2月に「霊長類最強の男」と呼ばれたレスリング五輪3連覇のアレクサンダー・カレリン(ロシア)との一戦で現役を引退。その後も海外との人脈を生かして数々の強豪を招聘した。2008年3月からアマチュア格闘技「THE OUTSIDER」を主宰。192センチ、現役当時は115キロ。












