【前田日明(22)】 1989年11月29日、第2次UWFは初めて東京ドームに進出し「U―CОSMОS」を開催した。最上段の席までビッチリ埋まったし、メガネスーパーから協賛で何億というおカネをもらったんだよね。

 この大会は初めてTBS系で地上波放送された。でも神(真慈社長)たちはずっと「カネがない」と言ってた。だからCMとかのギャラ50%を会社に納めていた。それでアイツらは、UWFの株式を買った時にした借金を返してたんだよ。後になって俺に「株式はおカネ出して買ってください」とかさ…何を言ってんだよって話じゃん。

 東京ドームを満員にし、世間の注目を浴びたし、UWFブームが全国区になったというか、有名になったよね。俺はメインの異種格闘技戦でウィリー・ウィルヘルム(※1)と戦った。組んだら壁みたいというか、岩みたいというか、脇が堅くて、全然開かなかったのを覚えてるね。

 自分の試合以外にもいろんなことをやった。鈴木(みのる)にモーリス・スミス(※2)とやらせ、安生(洋二)にも日の目を見せないとかわいそうだってチャンプア(ゲッソンリット※3)を当てた。でも、まともにやったら安生をケガさせるから藤原(喜明)さんに「チャンプアが蹴れないようにしてください」ってバキッとやってもらったんだよ。そうしたらチャンプアは「練習でケガして出られない」って。まあ、おカネあげて説得して出したんだ。

 で、安生にかかりきりになっていたら、鈴木はモーリス・スミスに負けてしまった。帰ってきた時に俺が「お前、ビビって寝ただろ」って言ったから、鈴木は余計にむくれるようになっちゃったんだよね。印象に残ったのはその2試合。俺がどうのこうのよりも、安生とか鈴木とか、この大会には出られなかったけど船木(誠勝)とか彼らにバリューをつくってほしかったから。

 大会としては「実際UWFはどうなんだ?」ってのを証明しなきゃいけなかったから、世界の有名な格闘家を集めて戦うというコンセプト。もしかしたら後のリングスを先取りしていた部分はあったかもしれない。そこまでは考えてなかったけど、イメージの発端になるような大会をやったなと、今では思えるね。

 プロレス界ってUWFもリングスも含め、力道山のやった「ワールドリーグ戦」と同じ。世界中から強豪を集めて日本人がどこまで頑張れるか。それを手を替え品を替えやってるだけの話。結局プロレス界で誰が一番偉いかといったらやっぱり力道山になりますよ。

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