【前田日明(17)】1986年10月9日の「INOKI 闘魂 LIVE」(両国国技館)でドン・中矢・ニールセン(※1)と戦った。急に試合が決まって(ミスター)空中さん(※2)から「ニールセンはお前とやるために1年くらい特訓をやってる」と忠告されたから「試合のビデオを見せてくれ」って言ったら写真と戦績しかない。ぶっつけ本番ですよ。試合前日までシーザー武志(※3)のジムでミットとかやってたからね。

 一応、藤波(辰爾)さんに聞いたら「そんな変な試合にはならないだろう」と言うけど、周りは「気をつけろ」って。でリングでどうなんだろうと思ったら、俺よりも周りの人間のほうが緊張していた。藤原(喜明)さんも「俺がセコンドについてるから大丈夫だ」って頭ゴツゴツやるからさ(笑い)。

 俺は冷静でいられたんだけど、妙に相手はカタいんだよ。どうなんだろう、これは受けた方がいいのかなとか思った1ラウンド(R)の終わりにパーンと左ストレートを思い切りもらってさ。いきなりフィニッシュブロー。あれでワケが分からなくなったんだ。そこから記憶はないんだけど、後で試合を見たら、ちゃんとやってるんだからビックリしたよね。

 無意識ながらも逆片エビ固めでニールセンからギブアップ勝利。今にして思えば新日本は、俺がセミでノックアウトされて(アントニオ)猪木さんはメインで勝ちましたって構図にしたかったんじゃない? それと、この試合を機に「格闘王」と呼ばれるようになった。「週刊プロレス」の編集長だった杉山(頴男)さんが名付けたんだ。アンドレ(ザ・ジャイアント)戦、ニールセン戦があったんで、俺としても思っていなかった展開だね。

 でも、やっぱり周囲の見方や評価は変わったよ。試合を見に来ていた大道塾の東(孝)さん(※4)とかプロレス以外の人たちが「すごいいい試合だった」と言ってくれて注目されたんだよね。それで改めて試合を見ると結構(攻撃を)もらってるし、よく試合できたなって思うよ。

 試合当日の晩に飲みに出て「駆けつけ3杯ね」とロックで飲もうとしたら高田(延彦)と山ちゃん(山崎一夫)が「あんなに打たれたんだから水割り飲んだ方がいいですよ」って。ちょっと吐き気はあったけど、飲んでるうちに治るだろうと思って一杯飲んだらすぐに戻してしまった。あれから1か月くらい頭が痛かったし、次のシリーズも欠場。それだけ激しい試合だったんだね。

※1米国出身の日系3世、キックボクサー
※2元プロレスラーでレフェリー、カール・ゴッチ氏の娘婿
※3元プロキックボクサー、シュートボクシング創始者
※4空手家、武道家、大道塾創立者

 ☆まえだ・あきら 1959年1月24日生まれ。大阪市出身。78年8月に新日本プロレスでデビュー。84年に第1次UWFに参加後、88年に第2次UWFを旗揚げ。91年にはリングスを立ち上げた。99年2月に「霊長類最強の男」と呼ばれたレスリング五輪3連覇のアレクサンダー・カレリン(ロシア)との一戦で現役を引退。その後も海外との人脈を生かして数々の強豪を招聘した。2008年3月からアマチュア格闘技「THE OUTSIDER」を主宰。192センチ、現役当時は115キロ。