悲劇の“真実”とは――。スピードスケート女子の佐藤綾乃(25=ANA)は2018年平昌五輪で団体追い抜き(パシュート)の最年少メンバーとして金メダルを獲得。2月の北京五輪同種目は衝撃的な結末で銀メダルに終わり、日本中がもらい泣きした。前後編でお届けする単独インタビューの前半では、北京五輪の回想と後日談、競技人生に大きな影響を与えた“戦友”への思いなどについて激白した。

 ――オフシーズンはゆっくりできたか

 佐藤(3月のW杯最終戦から)帰ってきて約2週間の隔離期間は家で過ごしましたが、テレビの取材やあいさつ回りで忙しい毎日を過ごしていたので、あまりゆっくりできませんでした(笑い)。でも、かわいらしいカバンを(自分への)ご褒美というか、もともと欲しいと思っていたので、買いました。

 ――テレビなどのメディアにも多く出演した

 佐藤 五輪に出るだけじゃなくて、結果を出してメダルを取れたからいろんな貴重で楽しい経験をすることができました。それが全部ではないけど、そういった楽しさを(平昌五輪後に)味わったからこそ一つのモチベーションになると思っていたので。忙しかったけど、楽しかったですね。

 ――北京五輪では1500メートルで4位入賞を果たした

 佐藤 パシュートに出ていると、その印象が強くなってしまうと思うけど、その中でも個人種目のことも知ってくれていたので、頑張ってよかったなと強く思いました。今までやってきたことの努力が報われた瞬間でもあったので、達成感というか、うれしさの方が大きかったです。

 ――パシュートの決勝はラスト半周で高木菜那さんが無念の転倒。連覇はならなかった

 佐藤 何回考えても、思い出してもやっぱり悔しい。菜那さんの転倒に至るまでの5周の間で、もっと自分にできたことはあったんじゃないかなと自分を責める気持ちの方が大きくて。悔しいですし、もう少しだったなという気持ちは変わらないです。

 ――最初は菜那さんと会話することができなかった

 佐藤 最初はただ隣にいることしかできなくて、私たちもなんて声をかけたらいいか分かりませんでした。でも、だんだん菜那さんの方から話してくれました。時間がたてばたつほど菜那さんの方から「ごめんね」という謝罪の言葉もたくさんありました。3週間くらい時間がたってレースを見られるようになって「転び方やばくない?」みたいな感じで、笑いながら自分から(当時の映像を)見せてくれたこともありました。

 ――菜那さんとはずっと一緒に切磋琢磨した

 佐藤 コロナ前の遠征時は菜那さんと2人部屋になることが一番多かったので、自然と話す回数が増えて一番仲良くなったと思う先輩でした。近くで見ていて、人としてもですが、スケートに向き合う姿勢など、学ぶことは多かったですね。

 ――近くにいるからこそ分かったことは

 佐藤 菜那さんって実は小心者ではあるかなと思っていて、本当に緊張しいですし、いつも「緊張する緊張する、どうしよう」と言っているけど、やっぱり大事なところではすごい力を発揮する。やらなければいけないこと、ルーティンも絶対に変えないし、周りの環境が変わっても自分を曲げないところとか、本当に尊敬できる。感謝の気持ちでいっぱいです。

 ――やはり菜那さんは特別な先輩だった

 佐藤 一緒に生活する中で年齢関係なしにしても気遣いってあるじゃないですか。でも、菜那さんはいい意味で気を使わないというか、何でもズバズバッと言ってくるので、私にとっては逆にそれがありがたかったです。菜那さんのおかけで今の自分がいるし、自分を変えることができたので、北京五輪を終えた段階でのスケート人生において、大きな影響を与えてくれた存在です。

 ☆さとう・あやの 1996年12月10日生まれ。北海道出身。小学1年からスケートを始め、高崎健康福祉大を経てANAに入社。2018年平昌五輪は3000メートル8位入賞、団体追い抜き(パシュート)では金メダルを獲得。日本女子冬季五輪史上最年少金メダリスト(21歳73日)となった。北京五輪は1500メートルで4位、マススタート8位と個人2種目で入賞を果たし、パシュートは銀メダルを手にした。プロ野球日本ハムの佐藤龍世内野手は同学年のいとこにあたる。157センチ。