ウクライナ戦争が長期化する過程でロシアが戦略目標を変化させた。

 この戦争に関してクレムリン(ロシア大統領府)の意図を読み解く上で筆者が最も重視しているのが政治学者で与党「公正ロシア」の幹部会員(非議員)であるアレクサンドル・カザコフ氏の見方だ。

 カザコフ氏は筆者が日本外務省の研修で1987~88年、モスクワ国立大学に留学した時、哲学部科学的無神論学科(現宗教史宗教哲学科)の同級生で親友だ。

 大学生時代、カザコフ氏はKGB(ソ連国家保安委員会=秘密警察)から目を付けられていた反体制活動家だった。大学を中退し、ラトビア人民戦線の幹部となりソ連からの分離独立運動で活躍した。ラトビア独立後は新政府がラトビア民族至上主義に立ってロシア系住民を抑圧したことに抗議し、抵抗運動の中心人物となった。2004年にラトビアからロシアに追放され、その後はプーチン体制を支持する理論家になった。14年から「ドネツク人民共和国」のザハルチェンコ首長の顧問をつとめた。18年にザハルチェンコ氏が暗殺されるとモスクワに戻った。

 カザコフ氏はドンバス地域(ウクライナのドネツク州とルハンスク州)の事情に通暁している。ウクライナ戦争に対する筆者とカザコフ氏の立場は異なるが、友情は維持されている。今も時々、連絡を取る。分析専門家としてカザコフ氏の能力は秀逸で、政治的立場は異なってもその見方は情勢分析の上で役立つ。

 カザコフ氏はニュースサイトで、<ドネツク人民共和国が解放された後、ロシア軍とドネツク人民共和国軍、ルガンスク人民共和国軍の合同部隊はニコラエフとオデッサに向かう。これは私の個人的見解だが、さまざまなレベルの人々と話した結果、ニコラエフとオデッサを確保せずにこの作戦は終了しないと考えるに至った。長引かせることはできない。戦闘の帰趨に期待している。ロシア、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国の合同軍は、ドンバス地域の平原を制圧した後、ハリコフ、ドネプロペトロスクもしくはニコラエフとオデッサに向かう。オデッサは沿ドニエステルとつながっている>(7月12日「ガゼータ・ルー」)と述べた。

 ロシア軍などがニコラエフ、オデッサを占領すれば、既に平和維持軍としてロシア軍が駐留しているモルドバ共和国の沿ドニエステル地域とつながる。

 その結果、ウクライナは地中海への出口を失う。ロシアは地政学的にウクライナを内陸国にし、徹底的に弱体化しようとしているのだ。

 ☆さとう・まさる 1960年東京生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科を修了し、外務省に入省。ソ連崩壊を挟む88年から95年まで在モスクワ日本大使館勤務後、本省国際情報局分析第一課で主任分析官として活躍した。2002年5月、背任容疑などで逮捕され、09年6月に執行猶予付き有罪判決が確定した。20年に「第68回 菊池寛賞」を受賞した。最新著書は「哲学入門 淡野安太郎『哲学思想史』をテキストとして」(角川書店)がある。