【前田日明(7)】 1977年に新日本へ入門して1か月くらいでアントニオ猪木さんの付け人になった。付け人だった佐山(聡※1)さんが「格闘技大戦争」というキックの試合に出るため、ピンチヒッターで俺になったんだよね。

 猪木さんは雑用でミスをしても怒らないけど、練習は厳しかった。覚えているのは藤波(辰爾)さんが(78年に)凱旋帰国した直後。当時の新日本は三十何連戦とかあって、みんな疲れきっていたから試合前の練習をダラダラやっちゃったんだ。そしたら猪木さんが「コノヤロー!」って。俺が藤原(喜明※2)さんを見たら「行け!」って言うんだよ。

 なんか分からないけどバーッと走って猪木さんのもとに行ったらプッシュアップバーで「パパン!」。「お前らたるんでるんだ、みんな来い!」。俺が1番目で藤原さんが2番目。だんだん力が入ってきて藤波さんが一番最後になり、猪木さんから「バーン!」とやられた。その日はテレビ中継だったのに頭割れてるから試合前から包帯を巻いて現れてさ。

 猪木さんとは入門当時のスパーリングの話が有名だけど、あれも話の通り。俺は入門して間もないころから藤原さんに「スパーリングお願いします」とか言ってたんだけど「シッシッ」と追い払われて全然相手にしてもらえなかったんだよ。

 でも、山口・徳山(現周南市)の体育館で猪木さんが「そんなに邪険にするなよ。かわいそうじゃないか」と言うと「じゃあ、お前来い。やってやるから」と。「えっ、天下のアントニオ猪木と今からスパーリングせなあかんのか」となってさ。そういえば大山(倍達)総裁(※3)の本に「プロレスラーとやる時は目突きと金蹴りしかない」って書いてあったことを思い出したんだ。

 さすがに「どうなんかな」と思ったから猪木さんに「自分は入門1か月でレスリングも何も分かりません。何やってもいいですか?」って聞いたんだよ。そうしたら「オウ、何でもやってこい」って言ったから、じゃあいいんだなと思って金蹴りと目突きをやったんだよ。…話の筋は俺の方が正しいでしょ? 

 金蹴りは入らなかったんだけど、目突きはパッと目をこすったんだよ。猪木さんが一瞬「ウッ」となった瞬間に、周りで練習してた木村健吾さん(※4)とかいろいろなレスラーがワッと入ってきて、フルボッコにされたよ、フルボッコ。控室に帰ったら猪木さんから「仲間だからああいうことやっちゃダメだ」って。でも、それ以上は何も言われなかったね。

※1プロレスラー、初代タイガーマスク
※2「関節技の鬼」と呼ばれたプロレスラー
※3空手家、極真会館の創始者
※4「稲妻戦士」と呼ばれた元プロレスラー、現品川区議

 ☆まえだ・あきら 1959年1月24日生まれ。大阪市出身。78年8月に新日本プロレスでデビュー。84年に第1次UWFに参加後、88年に第2次UWFを旗揚げ。91年にはリングスを立ち上げた。99年2月に「霊長類最強の男」と呼ばれたレスリング五輪3連覇のアレクサンダー・カレリン(ロシア)との一戦で現役を引退。その後も海外との人脈を生かして数々の強豪を招聘した。2008年3月からアマチュア格闘技「THE OUTSIDER」を主宰。192センチ、現役当時は115キロ。