アイドルグループ「SKE48」の五十嵐早香(20)が28日にグループを卒業する。フィリピンから名古屋に来てアイドル活動を始めた五十嵐はコロナ禍で活動の場が限られる中、ブログやネット配信で個性を発揮し、ファンに大きなインパクトを残した。ラストインタビューではSKE48での思い出や卒業後の活動、夢について思いを語った。
――2月いっぱいでSKE48を卒業する
五十嵐 決意したのは2月に入ってからです。今はコロナ禍もあって劇場公演もなかなかできない。自分に集中する時間が増えていろいろと考える中で自分がやりたいと思うことができたので卒業を決意しました。
――SKE48に入る前はフィリピンにいた
五十嵐 小学校を卒業した後からフィリピンに住んでいました。17歳の夏休みに日本に遊びに来てメイド喫茶でアルバイトをやっていたんです。そのときにお客さんがSKE48のシングル「FRUSTRATION」のCDをくださって「今オーディションをやっているから受けてみたら」と言われてそれがきっかけで10期生オーディションを受けました。
――2019年11月にSKE48に合格したときの気持ちは
五十嵐 すごく新鮮な気持ちといいますか、自分ではありえないと思いながらもやっぱりうれしかったですね。受かって1週間後にはフィリピンを出て父と名古屋に来ていました。
――SKE48のレッスンはどうだった
五十嵐 正直言って最初はすごくきつかったです。ダンスをするためにSKE48は体作りが重要になってくる。体幹を鍛えたりダンスのレッスンをしたりとにかく体育会系でしたね。でもそれがあったからこそ耐える力ができたと思います。
――10期生はSKE48に入ってすぐに「渚のイメージ」というオリジナル曲をもらい、20年2月に行われた静岡エコパアリーナのコンサートで初披露した
五十嵐 入ってすぐ歌と衣装がいただけるなんて思っていませんでした。(初披露に向けてのレッスンは)すごく充実した時間でしたね。今見てみるとあんなに簡単な振りなのに、あのときは必死になって覚えていた。(初ステージは)とにかく緊張してあまり覚えていないです。真っ白でお客さんを見る余裕もなかった。(ステージに)やっと立てたという思い。アイドルになれて良かったというより、アイドルにやっとなれて安心したという感じでした。
――ただその後はコロナ禍でなかなか思うような活動ができなかった
五十嵐 正直残念でした。入ってすぐのことだったので。でも逆にとらえれば(コロナ禍の前にSKE48に入ったことは)ラッキーだったのかもしれません。10期生オーディションに落ちていたら入るのが数年後になっていたかもしれない。11期生オーディションを受けていたかもしれないけど今、私は20歳だし、18歳で入るのとは全然違いますよね。
――SKE48の活動の中で思い出に残っていることは
五十嵐 ブログを書いていた時間がすごく印象的でしたね。コロナ禍だから書けていたんですけど1人ですることが楽しくて。それと入った当初のことはいろいろと思い出深いです。更衣室で「この後、何食べたい?」とか、みんなでたわいのない話をしたり、同期が踊っているところを動画にとって家でそれを見ながら練習したり。あの子たちがいなければ私もいなかったので(同期のメンバーには)感謝してますね。
――SKE48に入って良かったか?
五十嵐 SKE48に入って良かったです。全てSKE48から学びました。自分が(文章を)書くことが得意なのもSKE48で初めて知って…。オカルト好きですけどそれを他の方に話すこともなかった。個性が出たのもSKE48のおかげです。SKE48がなければ私は何もしてなかった。ただ遊んでいただけだと思うので。大切な思い出になると思います。
――卒業後も芸能活動を続ける?
五十嵐 はい。します
――芸能事務所に入る予定は
五十嵐 できたらいいですよね。ソロで幅広い活動をしていきたいです。ゆるーくやっていきたいです。
――卒業後は東京に行く?
五十嵐 名古屋に居続けます。名古屋が本当に気に入っちゃって。まず食べ物がおいしいですよね。名古屋メシだと鉄板ナポリタンとか好きですし、きしめんもおいしいですよね。自分が借りている部屋もすごくいい場所なので動く気がないですね。
――芸能活動をするなら東京の方がいいのでは?
五十嵐 東京にも行くつもりですけど名古屋を拠点に通う形になるかもしれないです。
――将来の夢・目標は
五十嵐 私がしたかったことは人を楽しませるということ。アイドルに固執しているわけではないというか、それが目標です。ファンの方の応援は本当に大切ですし、これからも大事にしていきたいです。












