16日に亡くなった安藤昇さんは1926(大正15)年、東京都新宿区生まれ。海軍予科練の特攻隊で過酷な訓練を受ける中、終戦を迎えた。その後は東京・渋谷を拠点に愚連隊を結成、52年に「東興業」を設立。若く勢いのある同組織は「安藤組」と呼ばれた。

 58年には実業家の横井英樹氏(のちの「ホテルニュージャパン」社長)襲撃事件を起こし、35日間の逃亡生活の末、殺人未遂容疑で逮捕され、前橋刑務所に収監された。

 服役後の64年、出所すると「安藤組」を解散。翌65年に自叙伝を基にした映画「血と掟」に主演し、本人役で銀幕デビューを果たした。その後、映画界の鬼才・故加藤泰監督とのコンビで製作した3部作「男の顔は履歴書」「阿片台地 地獄部隊突撃せよ」「懲役十八年」で高い評価を受け、以降60本以上の作品に出演し、絶大な人気を誇った。

「安藤さんはもともと役者じゃなかったから、最初の数本だけセリフのアフレコを別に担当する俳優がいたんだ。ただ、演技はとにかくすごかった。相手の目をジ~ッと見つめる脅し方なんて、役者には決してマネできないようなすごみがあった。迫力はあるし、男から見てもいい男だった」と語るのは当時を知る80代の映画関係者だ。

 俳優以外にも映画プロデューサー、「激動 血ぬられた半生」「自伝 安藤昇」など多くの作品を発表した作家でもあった。最近では家相・気学鑑定など多岐にわたる活躍をしていた。