「あしたのジョー」などで知られる漫画家のちばてつやさん(享年87=本名・千葉徹弥)が22日に亡くなっていたことが27日に発表され、漫画ファンだけでなく多くの人が追悼している。戦時中に生まれ、高校在学中に漫画家デビュー。ボクシングを描いた「あしたのジョー」は社会現象となった。文化勲章を受章するなど日本漫画界への功績は計り知れない。名誉練馬区民だけに、記念館が練馬区に建てられる機運も高まりそうだ。

 小学館のビッグコミック編集部のX(旧ツイッター)アカウントは27日、「70年の長きに渡り数多くの名作を生み出し漫画界を牽引されてきた、ちばてつや先生が逝去されました。弊社では最後まで『ひねもすのたり日記』の連載に邁進され、同時に後進の育成や漫画界全体の発展にも大きく貢献されてきました。その偉大なご功績に改めて敬意を表すとともに、深く感謝申し上げます。先生のご冥福を心からお祈りいたします」と、ちばさんの死を明かした。

 22日午後6時に都内の病院で死去。すでに家族葬は執り行われており、後日、お別れの会が検討されている。「ビッグコミック」では「ひねもすのたり日記」を2016年から連載。9月から休載していた。

 ちばさんといえば原作の高森朝雄(梶原一騎)さんとの「あしたのジョー」が有名だ。ちばさんは作画を担当し、主人公・矢吹丈が真っ白に燃え尽きたシーンは名場面として後世に語り継がれている。当時は丈のライバルである力石徹が作中で死んだ際に葬儀も行われたほど。昭和を代表する漫画だった。

 ちばさんは1939年に東京都(当時は東京府)で生まれ、2歳の時に満州国に家族とともに渡っていた。終戦後に帰国し、少年時代に漫画と出会ったことが人生を決めた。高校生のときに漫画家デビューし、68年の「あしたのジョー」が爆発的ヒットとなったのは先述の通り。

 漫画界全体への貢献も大きい。講談社主催の「ちばてつや賞」は青年漫画の登竜門とされ、学長を務めた文星芸術大学でマンガ専攻の教授に就任するなど若手の育成にも力を入れていた。社団法人「日本漫画家協会」でも会長を務めるなど活躍。政界に対して、著作権保護の問題を訴えるなど業界全体の利益を考えての発信も担った。

 紫綬褒章、旭日小綬章、文化勲章など数々の賞を受賞しているちばさんは、実は名誉練馬区民でもある。長年、自宅を練馬区に構えており、2017年に選定。区内の西武池袋線大泉学園駅前には矢吹丈の像とマンホールがあるなど、区民にも親しまれている。練馬区民は「区内のイベントでちばさんの姿はよく見かけたことがあります」と話す。

 練馬区公式サイトでは練馬区がジャパンアニメーション発祥の地だとアピール。また、ちばさんだけでなく多くの漫画家が住んでいるともいい、マンガとアニメは練馬区のセールスポイントとなっている。

 それだけに「ちばてつや記念館」など、ちばさんの功績を称える施設を練馬に建てようとの声が上がることは間違いない。観光の目玉にもなるので、行政の協力も欠かせない。練馬区政関係者は「マンガやアニメが強みの練馬区ですが、現区長は今のところマンガ、アニメに関心は高くありません。しかし、区民の機運が高まれば無視はできないでしょう」と指摘した。

 吉田健一区長はちばさんの死去を受けて「地元商店街や子どもたちにも常に温かなまなざしを向けてくださり、多くの区民に親しまれてきました」とコメントを発表。練馬区役所では28日午後から献花台を設けるという。きっと多くの人が駆けつけるはずだ。