“サウナアナ”の知られざる素顔とは――。テレビ西日本(TNC)の浜﨑日香里アナウンサー(31)は、負けず嫌いで行動力も抜群だ。学生時代には東京ドームでビールの売り子として奮闘。入社後は趣味のサウナを仕事に変え、現在はアナウンサーとビジネスデザイン部の“二刀流”で活動する。結婚や年齢を重ねる中で変化した人生観についても語った。
浜﨑アナがアナウンサーを志したのは小学4年生。フジテレビの「めざましテレビ」に出演していた高島彩アナに憧れ、「こんな女性になりたい」と夢を抱いた。東京への進学を見据えて中学受験も経験。小倉高校から立教大学へ進み、アナウンススクールに通いながらBSフジの学生キャスターも務めた。
大学1年生の終わりごろからは東京ドームでビールの売り子のアルバイトに挑戦。売り子はソフトドリンクからデビューとなるのだが、「とにかくビールが売りたかった」。販売実績を積み、わずか3日間で念願のビール販売を任された。重い樽を肩にスタンドを駆け回り、客のビールの減り具合を見ておかわりを勧めるなど工夫を重ね、1日最高約400杯を売り、トップになったこともある。一方、成績が振るわないと補欠になってしまうこともあるため、毎試合必死でビールを売った。「精神的にも体力的にも鍛えられました」。この経験は今も仕事に生きている。
就職活動では、14社のテレビ局を受験し、最後にアナウンサーとしての採用が決まったのがTNC。実家近くで内定の電話を受け、「人生で一番うれしかったと思います」。喜びのあまり、その場で飛び跳ねたという。2017年の入社初日には「ももち浜ストア」のお天気中継でデビュー。就職活動で着たスーツ姿で舞鶴公園に立ったが、今でもその日のことを鮮明に思い出すくらいに緊張し、それからも毎日緊張の連続だった。
入社3年目の19年には同番組のMCに抜てきされた。しかし、多くの出演者の中で自分の存在意義を見いだせず、葛藤した。「私はここにいる意味はあるのだろうか」。自然体で臨めたのは、6年間のMC生活の最後の1、2年だったという。昨年3月に卒業して中継に戻ると、周囲から“格下げ”と受け取られることもあった。「ちょっと悲しかった」と明かすが、MCと中継の仕事に優劣はないと考えている。「誰がどの仕事をやっても会社員なんで、代わりが利くし、代わりが利かないといけない」。番組の新陳代謝も必要で、卒業は自然なタイミングだったと受け止めている。
中継で再びコンビを組んだのが、お笑いコンビ「レモンティー」のあべてつあきだ。新人時代にも約1年半、共演。当時はあべのボケが理解できず「今のどこが面白いんですか」と尋ねたことも。今ではショートコントも息ぴったり。本番前に5、6回は練習し、セリフや動きにもこだわる。あべが扮する「浜﨑ピカリンコ」は本人のものまね。両親や同級生からも似ていると言われるほどで、その再現度の高さには本人も舌を巻く。
私生活でも親しく、今年ハワイで挙げた結婚式には新郎新婦を含め約20人が出席。あべも現地まで駆けつけてくれた。「ほぼ身内に近いというか、家族のような存在」。人としても尊敬し、「私もこうならなきゃと思うところがあります」と語る。
新たな道を開いたのがサウナだった。約5年半前、実家の愛犬が突然亡くなった。悲しむ母親を心配し、新幹線の定期券を購入して約1か月間、北九州の実家へ毎日通った。自身も精神的につらい時期だった。そんな時、友人に勧められてサウナへ。実家近くのスーパー銭湯でサウナ、水風呂、休憩を体験し、「何これ、ってなっちゃって」。魅了されてほぼ毎日通い、つらいことを一時的に忘れられた。「そういう意味でメンタルが救われたかなと思う」。その体験が仕事へとつながった。
コロナ禍でMC以外の仕事が減り、新たな挑戦を模索。実家近くのサウナで休憩中、ふと「これを仕事にしよう」とひらめいた。すぐに企画書を作り、上司へ持ち込んだ。テレビの特番を経て、ユーチューブの「サウナノアナ」へ発展した。自ら編集も担当し、生放送後、午前0時まで作業することも。「やるからには自分の納得のいくものをやりたい」。当時は演出へのこだわりが強く、プロデューサーと意見がぶつかることも。今では「もっと柔軟に考えられたらよかった」と振り返る。
サウナ・スパ健康アドバイザー、サウナ・スパプロフェッショナル、熱波師の資格も取得。熱波師の実技試験では山梨まで赴き、タオルを振る技術に苦戦した。「ダンスに近いんですよね。体の使い方が難しくて」。北九州では自ら熱波を送るイベントも開催した。活動は動画配信にとどまらない。24年からは全日本空輸(ANA)とコラボ。今年8月31日には福岡市のサウナ施設「TOTOPA」でイベントを開催。企業との打ち合わせやホームページ制作、業者の手配にも携わった。現在はアナウンス部主任とビジネスデザイン部を兼務。「配信だけじゃないビジネスをやりたい」と意欲を燃やす。
結婚を機に食生活も変わった。独身時代は週5日、サラダや鍋ばかりだったが、今は料理好きな夫と協力して夕飯を作ることも多い。得意料理は、豚汁とプルコギ。30代になり、家族を持ったことで考え方も変化した。「今までは自分の夢をかなえるためだったのが、誰かのためだったり。どんどん主語が変わっていくといいなと思っています」。後輩にも個性を生かしてほしいと願う。
目標から逆算して歩んできた浜﨑アナだが、今後については意外な言葉を口にした。「今後はもう本当にあえて目標を立てずに、今を全力で生きていって、なるようになるっていう人生を歩んでみようかな」。自分だけでなく、後輩の道も開ける存在になりたい。入社10年目の今、目の前の仕事を大切にしながら、自らの未来を切り開いていく。

















