世界で最も対立する二つの国家が、同じ日に正反対の国家行事を行った。7月4日は米国の建国250周年となる独立記念日で、全米が祝賀ムードに包まれた一方、イランでは米イスラエルの軍事作戦で殺害された前最高指導者アリ・ハメネイ師の国葬が始まった。それぞれ現地時間7月4日に大行事が行われたのは偶然なのか、それとも何らかの意図があったのだろうか。

 トランプ大統領は4日夜、ワシントンDCの国立公園ナショナル・モールで建国250年を記念する演説を行った。「250年にわたり、アメリカ合衆国は世界中のすべての国々にとって、希望であり、約束であり、光であり、栄光だった。彼らはわれわれのようになろうとする。だが、誰もわれわれのようにはなれない」と述べた。

 雷雨による一時避難後、15万人以上の聴衆が、午後11時台にトランプ氏の演説を聴くため集まった。

ハメネイ師の国葬が始まり、一般向けの告別式には数万人の市民が参列した(ロイター)
ハメネイ師の国葬が始まり、一般向けの告別式には数万人の市民が参列した(ロイター)

 一方、イランでは4日、ハメネイ師の国葬が正式に始まった。テヘランの宗教施設イマーム・ホメイニ・モサッラー大モスクで一般向けの告別式が行われ、数万人の市民が参列。「アメリカに死を」「われわれの意思は一つだ! 復讐だ! 復讐だ!」といったシュプレヒコールが響いた。

 国葬は4都市で約6日間にわたって行われる予定で、イラン当局は数百万人規模の参列を見込んでいる。後継者に指名されたとされる息子のモジタバ・ハメネイ師は、イスラエルによる暗殺を警戒し、国葬に姿を見せない可能性が高いとみられている。

 ハメネイ師は2月28日の米イスラエル軍による爆撃で殺害された。当初は3月に国葬が予定されていたが、米イスラエルとイランの戦争が長期化したため延期された。米独立記念日は毎年決まっていることから、イラン側が意図的に同日に設定した可能性も指摘されている。ただ、イラン政府は、7月4日を狙って日程を設定したと公式に説明したことはない。

 中東事情通は「6月17日に米国とイランが攻撃停止の覚書に合意した後、イランは治安や交通、外国要人の受け入れ態勢を整え、数千万人規模の参列を想定した準備を進めました。その結果、最初の大規模式典が7月4日になったという説明が最も自然でしょう。ただ、革命体制にとっては、米国が祝賀ムードに包まれる日に、イラン国民が殉教者を追悼し、復讐を誓う構図は、反米感情を高め、国内向けのプロパガンダとして大きな効果を持つことは間違いありません」と分析する。

 イスラエル紙「タイムズ・オブ・イスラエル」は「イランは米国建国250周年に当たる7月4日を国葬開始日に選んだ」と報道。日程設定には象徴的な意味があるとの見方をうかがわせる論調で伝えた。

 米国事情通は「米国は、イラン国民が革命体制にうんざりし、体制打倒の動きが起きることも想定して戦争を始めました。しかし、実際にはそうはならなかった。国葬には数万人規模の市民が参列し、一部メディアは数十万人規模だったとも報じています。人々はイラン国旗を掲げ、米国への報復を求めるシュプレヒコールを叫びました。米国は、この光景を驚きをもって受け止めているようです。革命体制に一定の支持基盤があることを示す証拠と言えるからです」と話している。

 今後の協議に影響はあるのか。