【女子ボートレーサーインタビュー 嶋田有里(24=長崎)前編】

 ーー熊本出身。高校までバスケットボールをしていた

 嶋田 はい。12歳の時に長崎に引っ越しました。小中高とずっとバスケをしていて高校(長崎商業)ではガードでレギュラー。一応、県内では強豪でしたよ。

 ーーボートレースを知ったのは

 嶋田 長崎に来てからですね。大村ボートの近くでバスケの試合があって両親と一緒に見に行ったのが初めてです。その頃はまだ、こんな競技があるんだという程度でした。

 ーー選手を志したきっかけは

 嶋田 商業高校なので周りは就職活動するんですが、私には絶対ムリだな、と(笑い)。そんな時に選手募集のポスターを見たんです。〝スポーツで食っていく〟という言葉がカッコいいなって思いました。未経験でもスタートラインが一緒というのも惹かれた部分です。

 ーーボートレーサー養成所の入所試験は一発合格

 嶋田 プレッシャーをかける意味もあって受験は1回だけにしようと決めていました。部活の引退イベントで後輩の前で進路を発表するんですが、その時に自分だけ言うことがないと恥ずかしいじゃないですか(笑い)。だから必死で取り組みましたね。

 ーー養成所時代の思い出は

 嶋田 訓練はきつかった印象の方が多いかな。コロナ禍で外出がなかったのもあるし、あそこまで生活を管理されたことがなかった。班別試験の重圧はすごかったです。その分、クリアできた時の喜びも大きかったですね。

 ーー2022年5月に大村でデビュー。初勝利は2024年9月の芦屋ヴィーナスシリーズ。初出走から2年4か月

 嶋田 130期で最後になりました。後輩にも先を越されていった。もちろんめちゃ焦っていたし、そのせいもあってフライングとか事故が多くなる悪循環でしたね。最後の方はチャンスがきた時のために準備だけしておこうって割り切って臨んでいました。

 ーー師匠は中村辰也選手

 嶋田 たまたま家が近くだったのもあったんですが、支部長(飯山晃三)に勧められて会いに行ったのが初対面です。選手になってすぐくらいに弟子入りしました。

 ーーどんな師匠

 嶋田 まじめで優しいです。細かい部分までしっかり教えてくれます。自分がずっと勝ててなくてダメダメだった時期にはファミレスに集まって、タブレットでリプレーを見ながら丁寧に指導していただきました。あのイメージトレーニングはすごく役立ちました。