“弟の居場所”をつくりたい――。元WBC世界ミニマム級王者・重岡優大氏(29)は2月下旬に熊本市内でカフェ「Shinonome coffee」をオープン。新たな人生を歩み始めている。右急性硬膜下血腫で開頭手術を受けた元IBF世界ミニマム級王者で弟の重岡銀次朗氏(26)をサポートするため、引退を決めた優大氏は妻・南美さんとともにカフェに込めた思いを語った。

 ――カフェをオープンした今の気持ちは

 重岡 やっと少しずつ実感が湧いてきたところ。毎日楽しいし、幸せだなって思いながら仕事してます。工事も予定より遅れたりして大変だったけど、1年前は世界戦後に眼窩底骨折して手術した状況だったので。そこからカフェを開いて、夏メニューやイベント出店まで考えられてるのは順調だと思う。

優大氏(左)と銀次朗氏(2023年10月)
優大氏(左)と銀次朗氏(2023年10月)

 ――世界王者時代と今を比べると

 重岡 ボクシングとカフェへの向き合い方は全く一緒。何事もコツコツ積み重ねるしかない。世界チャンピオンになった時も自分に合格点を与えたことはなかったし、コーヒーも「まだまだ」と毎日思っている。お客さんに「おいしい」と言われても自分ではもっと上を見てるので、その上で成長し続けたい。

 ――2023年10月に銀次朗さんと同じ日に王座統一戦へ臨み、兄弟そろって正規王者に

 重岡 銀とリングの上で「やったな俺たち」と言ったのを覚えている。試合前から「今日は絶対ベルト持って帰るぞ」って誓っていたので、それが現実になった。弟が先に勝ったので「俺も絶対取るしかない」と思っていた。

リハビリに励む重岡銀次朗氏(提供写真)
リハビリに励む重岡銀次朗氏(提供写真)

 ――王座陥落後はライトフライ級転向も決めていた

 重岡 絶対リベンジするって思っていたし、ライトフライ級ですぐ世界チャンピオンになるつもりだった。本気でやれば今も世界を取れる自信はある。でも、銀が倒れて「銀の居場所をつくらなきゃ」と思った。施設に行かせるようなことだけは嫌だった。だから引退に迷いはなかった。

 ――銀次朗さんが倒れた直後は

 重岡 リング上で意識がなくなった時点で「やばい」と分かった。ICU(集中治療室)では「死なないでくれ」としか思ってなかった。3週間ぐらい返事のない銀に声をかけ続けて、毎日泣いていた。「これからどうするんだ」と考えた時に、カフェを通して銀の居場所をつくろうって思った。

 ――店名「東雲(しののめ)」に込めた思いは

 重岡 夜明け前って意味です。銀が入院していた大阪の病院でカフェをやるって決めて「店を始める頃には今より幸せになってるんじゃないか」と思えたので、この名前にした。

 ――コーヒーとの出会いは

 重岡 20歳ぐらいから「引退したらカフェをやる」と決めていた。タリーズコーヒーでバイトしていて、毎朝ハンドドリップしてからロードワークに行く生活をしていた。熊本の「AND COFFEE」でケニアの豆を飲んだ時に「コーヒーってこんなにおいしいんだ」と衝撃を受けた。

 ――「ファイヤーキング」のカップやベーグルにもこだわっている

 重岡 幼なじみでWBA世界バンタム級王者の堤聖也が、日本チャンピオンになった時にプレゼントしてくれたのがきっかけ。そこからハマって、店の分も全部そろえてくれた。

 ――現在の銀次朗さんの様子は

 重岡 左半身まひがあって、まだ話すのは難しいけど、意思疎通はできる。俺が一方的にしゃべってるだけ(笑い)。兄弟にしか分からない感覚がある。動かせる右手だけでボクシングしたりもしていて「もっと打ってこいよ」って(笑い)。日常全部がリハビリで、店にも来てお客さんと関わることもリハビリになればと思う。

 ――無敗同士の世紀の一戦となった井上尚弥(大橋)―中谷潤人(M・T)戦は見たか

 重岡 店で観戦した。銀も来て、家族や友達みんなで見た。素晴らしい試合だった。2人に拍手するしかない。

 ――最後に読者へメッセージを

 重岡 初めて会う人と話すのが天職だなって最近思っている。ぜひお店でコーヒーを飲みながら、たわいもない話をしてくれたらうれしいです。

 ☆しげおか・ゆうだい 1997年4月16日生まれ、熊本県出身。ワタナベボクシングジムからプロデビュー。2023年4月にWBC世界ミニマム級暫定王座を獲得し、同年10月に正規王座へ統一。弟でIBF世界ミニマム級王者の銀次朗さんとともに兄弟世界王者となった。25年に現役引退し、26年2月24日に熊本市中央区に「Shinonome coffee」をオープンした。