【第71代横綱 鶴竜力三郎の軌跡 一生懸命・音羽山親方自伝(24)】東京・両国国技館で2023年6月に行った引退相撲の断髪式で慣れ親しんだまげを切り落としました。これで、本当の意味で力士の立場を卒業することになった。現役生活は約20年、そのうちの7年間にわたって横綱を務めました。親方になって改めて振り返ってみても、大変な地位だったなと思います。

 横綱になってからは師匠の井筒親方(元関脇逆鉾)から果たすべき責任について聞かされました。「横綱は優勝、準優勝が当たり前」「2桁(10勝以上)勝てないのなら、出る意味はない」。師匠には横綱の経験はなかったけれど、大横綱だった北の湖親方をはじめ先輩たちから意見を聞いて、私に伝えていたんですね。本場所の序盤で星を落とすと「横綱は負けるところを見せてはいけない。これ以上負けるんだったら、もう休め」と休場を強く勧められたこともありました。

 横綱はそれ以上の番付がないので、優勝以外には目指すものがなくなる地位でもある。横綱での初優勝、連覇、優勝未経験の地方場所での優勝…。その都度、自分の中で新たな目標を立てて、一つひとつ達成していきました。

 それから、横綱には勝たなければいけない責任のほかにも「決まりごと」のようなものがあります。土俵の上では勝って喜んではいけないし、負けても悔しさを表に出してはいけない。土俵の外でも、あまり人前でヘラヘラとした態度を見せるわけにはいきません。どんな場面でも、油断せずに気持ちを引き締めておかないといけない立場なんですね。

 もちろん、どんな人間も完璧ではないし、横綱も例外ではありません。周りから「横綱、横綱」と持ち上げられて調子に乗ってしまったり、勘違いだけはしないようにすることを心掛けていました。ただ強ければいいということではありませんから。

 横綱としての決まりごとを守った上で、その先にある個性の部分に関しては、自分らしさを出していけばいいと思うんですね。私自身、横綱に上がったばかりのころは先輩横綱の話を聞いてみたり、映像を見たりして理想像を追い求めていた時期があった。その後に自分を見失っていたことに気付いて、ありのままの自分を出そうと考えるようになりました。

 人はそれぞれ性格が異なるものだし、それぞれで違ったスタイルがあっていい。横綱に限らず、昔の大相撲の映像などを見ていても、どこか華やかで個性的な力士が多かったですよね。その個性に引かれて、ファンもひいきの力士を応援していたのではないでしょうか。今の時代の横綱である大の里と豊昇龍も結果を残した上で、それぞれが自分の色を出していけばいいのかなと思います。