ロック歌手は男性ばかりだった1980年代、シンガー・ソングライターの白井貴子(66)は「ロックの女王」と称されて異彩を放った。白井はこのほどインタビューに応じ、11月の大阪公演への意気込みや元タレントの島田紳助さんへの思い、東日本大震災を機に注力している社会貢献活動について語った。

 80年代の芸能界で女性の活躍は主に女優、アイドル、タレントとしてだった。

 白井は81年にデビュー。84年に楽曲「Chance!」をヒットさせ、東京・渋谷LIVE INNでの10日間連続ライブ、日本武道館でのライブなど80年代に年間200本の公演を敢行。女性ポップ&ロックの先駆者的存在となり、「ロックの女王」と称された。

 本人は「80年代は忙しすぎて、『ロックの女王』と呼ばれることを冷静に判断したり、うれしいとか悲しいとか思ったりしている時間もなかった。今はありがたいなと思います」と話す。

 85年8月に大阪城西の丸庭園でライブを開催。その模様を再現する公演として今年11月16日、大阪・松下IMPホールで「白井貴子&THE CRAZY BOYS『NEXT GATE 2025 OSAKA~85 大阪城西の丸庭園 再現ライブ!~』」を行う。

 公演内容について「(当時の)曲順とかセットリストを再現します。『Chance!』『NEXT GATE』『プリンセスTIFFA』は歌います。見どころは(CRAZY BOYSの)みんなが集まってやるところ」と説明した。

 ファンに向けては「なんといっても一番元気になるのは、ティーンエージャーのころ聞いていた音楽。それは最大の“特効薬”ですから、若かりしころに追いかけていた音楽を浴びに来てほしいな」と呼び掛けた。

 80年代には大阪・MBSラジオ「ヤングタウン」で紳助さんと共演。同番組を機に紳助さんらはオートバイのレーシングチーム「チーム・シンスケ」を結成し、86年から「鈴鹿8時間耐久ロードレース」(鈴鹿8耐)に参戦した。

「紳助さんは当時、その話をされていた。その中で『NEXT GATE』が生まれて」

 同曲はチーム・シンスケの応援ソングだ。

「明日までに作らないと間に合わないという崖っぷちの中で、ギターを抱えては投げ捨て――と作りました」

 86年の鈴鹿8耐の前夜祭ではライブを行い、「すごく盛り上がりました」と振り返った。

 紳助さんは2011年に芸能界を引退しており、「どうされているかなって時々ふと思います。お元気でいてほしいな」と思いをはせた。

 活動と並行して東日本大震災以降、被災地での復興作業やライブに参加するなど、社会貢献活動をライフワークとしている。

 昨年の能登半島地震関連では今年6月、石川・かほく市で復興支援コンサートを開いた。

 当地の現状について「倒れてしまったおウチが全部片づけられて更地になっています」と説明したが、知人から「地震の怖さがトラウマになって、心理的に大変なことが多い」と打ち明けられたことが心に響いた。

「目に見える復興だけじゃなく、心の問題はすごく大きいと思います。そんな時、音楽で楽しみを感じてもらいたい。ホッとする時間がいかに大切かと思います」と力を込めた。