【多事蹴論98】Jリーグを席巻した“魔球FK”の代償とは――。FKキッカーの名手として知られる日本代表MF三浦淳宏(現在は淳寛)は2001年の東京V時代にポルトガル代表FWクリスチアーノ・ロナウドらが得意とする「無回転FK」を習得。高速で蹴り出されたボールはGKの手前で不規則に変化し「魔球」や「ブレ球」と呼ばれた。同僚GK本並健治は「スゲェ。本当に魔球だよ。あんなの捕れるGKいない。アツしか蹴れない」と脱帽するほどの威力だった。

結婚披露宴で(左から)永井秀樹、ラモス瑠偉、三浦、由美夫人、前園真聖、松木氏、武田修宏が記念撮影(04年1月)
結婚披露宴で(左から)永井秀樹、ラモス瑠偉、三浦、由美夫人、前園真聖、松木氏、武田修宏が記念撮影(04年1月)

 三浦はオフシーズンや報道陣がいない時間帯を見つけて魔球FKを猛特訓。01年シーズンに実戦投入すべくひそかに準備を進め、開幕前日まで“必殺技”の存在を隠し通したという。そして、迎えたシーズン開幕戦。東京スタジアム(現味の素スタジアム)のこけら落としは、FC東京との東京ダービー。三浦が前半に魔球FKで豪快なゴールを決めて、1―0で勝利した。しかも同スタジアムの記念すべき「初ゴール」となった。

 三浦の魔球FKはサッカー界で大きな話題となった。チームメートのDF中沢佑二は「日本代表でもドライブシュートを蹴れるのは奥(大介)さんとアツさんだけ。無回転で強烈なのを蹴れるのはアツさんしかいない。普通の足ではないんですよ」と語っていたように与えたインパクトは大きく、すぐに有名専門誌が三浦のFK特集を組むなど、日本サッカー界が大注目した。

 そんな三浦のFKについて、東京Vの松木安太郎監督は本紙の取材に「すごいキックだよね。あれはどんなGKでも苦労するんじゃない? キャッチできないからはじくしかない」とし「ボールが変形するほどの圧力がかかっているから。まるで万力で締め付けたように…。万力って英語でVISE(バイス)だからアツのFKも『バイスボール』と呼ぼうかな」と命名した。

 本紙記者が三浦に松木監督によるネーミングを伝えると「いいんじゃないですか」と自身の代名詞ともなったFKの名称にご満悦。しかも、よほど気に入ったのか、後日に個人事務所の名前を「バイスボール」で登録したほどだった。

 ただ、三浦のFKには大きな代償もあった。キックする際に軸足の踏み込みやインパクトの際に力を集約するため、足に大きな負荷がかかってしまうのだ。松木監督は負傷を懸念し「無理はさせられない」と三浦にFK練習の自粛を通達。しかし、それでも勝利のために精度アップに取り組んだ結果、左スネの亀裂骨折で長期離脱を余儀なくされてしまった。

 そんな三浦はその後も「魔球」を武器にJリーグでFK弾を決めまくるなど大活躍。MF遠藤保仁、MF中村俊輔らと並ぶFKのスペシャリストとして、その名をサッカー界にとどろかせた。 (敬称略)