【今週の秘蔵フォト】アイドル的人気から世界を代表する女性ハードロックシンガーとなり、いまだに第一線で活躍を続けているのが浜田麻里だ。

アイドル的人気を誇った浜田
アイドル的人気を誇った浜田

 高校時代からロックバンドを結成。1983年には糸井重里の「麻里ちゃんは、ヘビーメタル。」というキャッチコピーとともに、LOUDNESSの樋口宗孝プロデュースによるアルバム「Lunatic Doll~暗殺警告」でメジャーデビュー。女性ロックシンガーの旗手として注目を集め、当時のハードロックとしては異例とも言える売り上げを誇った。

 音はどんどん進化していき、87年に発表した7枚目のアルバム「IN THE PRECIOUS AGE」で待望の初海外録音(米ロサンゼルス)に挑戦した。同年9月6日付本紙では、初の海外録音を終えたばかりの浜田のインタビューが掲載されている。 

「私、今年でデビュー5年目なんです。そろそろ自分をクローズアップさせてもいいと思って…。今さらって言われたら仕方ないんですけど、マイク・クリンクさん(当時、大人気を誇ったサバイバーやスターシップのプロデュースを担当)をプロデューサーに迎えることができたんです。ミュージシャンもTOTOのメンバーとか、パット・ベネターとかホワイト・スネイクのサポートミュージシャンがレコーディングに参加してくれて最高でした」と語っている。クリンク氏は後にガンズ・アンド・ローゼズもプロデュース。当時としては最高級のメンバーが揃ったわけだ。

「レコーディングに1か月半もかけちゃって…機械的ではなく手づくりのアルバムができたと満足しています」と手応えを語っている。そのかいあって一気に海外でも注目されるアーティストとなった。89年には「Return to Myself~しない、しない、ナツ。」がオリコン1位を獲得。その後は人気と実力を兼ね備えた女性ハードロックシンガーの地位を確立。絶え間なく活躍を続けている。

 昨年4月には、デビュー40周年を迎え、通算27枚目のオリジナルアルバム「Soar」をリリースし、オリコン初登場4位を記録。現在も“ハードロック界の女王”として活躍中だ。