お笑い芸人のホーキング青山(青山世多加=あおやま・せだか)さんが昨年12月12日に都内の病院で死去したことが9日、分かった。50歳だった。死因は明らかにされていない。青山さんのフェイスブックで報告された。通夜・葬儀は近親者のみで執り行った。お別れの会は予定していない。
同フェイスブックによると「ホーキング青山に関するご報告」と題して「2023年12月12日に弊社所属タレントのホーキング青山(享年50)が都内の病院で永眠いたしました」と発表。続けて「生前応援してくださったファンの皆様や関係者の皆様にこのようなご報告を差し上げることは大変残念でなりません」とつづった。
青山さんは、先天性多発性関節拘縮症(せんてんせいたはつせいかんせつこうしゅくしょう)のため、生まれたときから両手両足を使えない。それでも1994年6月、大川興業の若手芸人コンテスト「すっとこどっこい」でお笑いデビューすると、〝史上初の障がい者お笑いタレント〟として活躍。タブーに斬り込み、速射砲のような話芸が特徴だが、それは心酔するビートたけしの影響だった。小学生のころからオールナイトニッポンを聞き込み、夢中になっていたという。
それだけに、2002年に東京スポーツ新聞社主催の「ビートたけしのエンターテインメント賞」の日本芸能大賞、19年に同賞の特別芸能賞に輝き、大感激していた。お笑い関係者の話。
「9年前に青山さんの寄席にたけしさんが来ていた時、青山さんの母親に『オレと似てるんだよね~』と話していて大喜びしていました」
そんな青山さんはある日、たけしからこう言われたという。
「オレはお前のしゃべりが好きだからかわいがってんだ。同情しているんじゃないからな」
障がいは関係なく、一人の芸人として認められた証しだった。













