両親の自殺を手助けしたとして自殺ほう助罪に問われた歌舞伎俳優の市川猿之助(本名・喜熨斗=きのし=孝彦)被告(47)の判決公判が17日、東京地裁で開かれ、東京地裁は懲役3年、執行猶予5年(求刑・懲役3年)の有罪判決を言い渡した。これを受け松竹が公式サイトを更新。「市川猿之助からのメッセージ」と題し、被告からのコメントを載せた。
被告はこの日の判決に触れ「失意のどん底で決意したこととはいえ、常に自分を見守ってくれた父と母を巻き込んでしまったこと、そして、歌舞伎界を含め、多くの皆様に治癒し難い傷を負わせてしまったことに対し、言い表せない罪を感じています」と吐露。
事件当時について「自分の記事が世に出るとき、そのこと自体により、四代目猿之助を継承した自分が『猿之助』という名前のみならず歌舞伎界という大きな伝統と文化に対し深い傷を与えてしまうこと、また成長を歩み続けている猿之助一門のみんなを暗闇の中に放り出すこと、その現実の大きさから自死を選んでしまいました」と説明した。
さらに「生きることを諦める気持ちになったとき、自死を成し遂げることだけを考えていました。自分の精神状態の異常性すら理解できない状況に陥っていました。『あなただけ行かせるわけにはいかない。』という両親の言葉も自然に受け止めてしまっていました。来世に向かう両親の身支度をし、そして、自分の終止符へと向かいました」と振り返った。
反省の言葉は続く。
「自分一人で抱え込まず、周囲の人に自分の不安や絶望を相談するべきでした。ただ、当時の自分は、自分の立場もあり、他の人には自分の気持ちは理解できないだろうと考え、また、周囲に弱みを見せることもできませんでした」
「事件の日から今日まで生きてきました。毎日、あの日のことを思い返してきました。私だけが生き延びてしまった、父と母に申し訳ない、そういったことを考えていました。事件後も、死んでしまいたい、明日命が終わっていないか、と思うこともありました」
ただ、周囲や病院関係者の助けのおかげで事件の当時よりも死に対する気持ちが薄れてきたといい、「『最後に何か言いたいことはありますか。』という裁判官の言葉に対し、『自分にできることがあればやらせていただきたい。』と答えました」と〝復帰願望〟を明かした経緯を説明した。












