123、124期の新人選手にスポットライトを当てる「Challennge! 新人競輪選手紹介」。ガールズ2人目は湯の街・別府から羽田野愛花(21=大分)にご登場をお願いした。選手生命も危ぶまれる大ケガを乗り越えた努力の人が、勝負の世界にこだわったのは父の夢を叶えるためだった。

 大分支部所属選手としては4人目のガールズレーサーとなった羽田野は、ルーキーシリーズ3戦を消化して、6月地元・別府で本デビューを果たした。プロ生活の第一歩を踏み出し「無事、選手になれて良かったな」と感慨深げに話した。

 苦難を乗り越えてつかんだ道だ。実は日本競輪選手養成所の第122回選手候補生入所試験に合格していたが、入所式を目前に練習中の転倒で左手首を骨折するアクシデントに遭った。「こけた時は骨が脱臼みたいになっていて粉砕骨折と尺骨も飛んで…。最初はお手玉も握れない。握力がゼロだった」。とてもハードな訓練を受けられる状況ではなく、入所を断念せざるを得なかった。

 医者にも治るかどうか分からない、と言われた大ケガ。不安でドン底だったが、競輪選手になることは父の思いでもあった。昭人さん(61)は別府商業高(現=別府翔青高)、日出暘谷高(現=日出総合高)で自転車部監督を務め、大分支部の多くの選手が昭人さんの〝教え子〟だ。

「父は選手になりたかったけど、高校の(自転車)競技の監督になった。父の夢は継いでいきたい。決めたからには辞めたい、ということはなかった」

 羽田野は失った握力を取り戻そうと、懸命なリハビリをしながら自転車生活をリスタート。規定タイムをクリアして、124回選手候補生として再入所。競走訓練では6勝を挙げて、卒業記念レースでも決勝進出。在所7位の好成績を収めて、晴れて競輪選手となり、親子の夢を叶えたのだ。

 卒業後は師匠である安東宏高(90期)のアドバイスを受けながら、練習に打ち込んでいる。「上でも活躍できるような選手になりたい」。逆境を乗り越えた人間は強い。先輩レーサーに激しくぶつかり、勝利をつかみにいく。

Q&A
――趣味は

 小、中学とバスケをしていたのでバスケと、犬を2匹飼っているのでじゃれています(笑い)。

――オフの日の過ごし方もそうなりますね?

 あと、友達と温泉に行ったり、サウナにも行っています。

――初めて手にした賞金は何に使った?

 両親とご飯屋さんへ行って一緒に食べました。

――理想の男性像は

 背が高いので身長の高い人がいいです!

――芸能人では誰が好きか

 真剣佑!!(新田真剣佑)。全部好きです!!

☆はたの・あいか 2002年1月18日生まれ、大分県出身、大分支部所属。身長168・9センチ、体重68・1キロ。主なスポーツ歴はバスケットボール(小学4年~中学3年)