NHKの教育番組「できるかな」(1970~90年)の「ノッポさん」こと、俳優で作家の高見のっぽ(本名・高見嘉明)さんが昨年9月10日に心不全のため亡くなっていたことが10日、分かった。88歳だった。番組では最終回を除いてひと言もしゃべらずに工作を披露したが、素顔はそれと真逆で不器用でおしゃべり好き。スタッフと番組内容をめぐって〝怒りっぽさん〟になることもあったという。
関係者によると、ノッポさんは生前、自身の訃報は死後、半年以上は伏せてほしいと希望していたそう。できるだけ世間を騒がせたくなかったという。今月10日の誕生日に合わせ、逝去が発表された。
ノッポさんが「できるかな」に出演するようになったのは、同番組が始まった1年後の71年からだった。相棒「ゴン太くん」とコンビを組み、ジェスチャーのみでひと言もしゃべらず、数々の工作を生み出す姿は子どもたちを魅了し続けた。まさに番組の象徴。緑色の帽子がトレードマークだった。
1990年3月放送の最終回で、初めて口を開いたシーンは伝説として語り継がれている。
訃報を受けた10日、NHKニュースの公式ツイッターは、最終回で思わず「あーあ、しゃべっちゃった」と話す動画を紹介して追悼した。
ノッポさんは手先が器用で何でも作れるように見えたが、実際は不器用を自認していた。カッターナイフで指を切ってしまうこともしばしば。セロテープをうまく使えず、番組スタッフから「セロテープのノッポさん」と称された。
「番組終了後は工作をすることもなく、取材の際に求められても断っていた。一方で作家、脚本家として活躍し、童話も手掛けたように、ノッポさんは大の読書好きだった。読書体験がキャラクターとしてのノッポさん、そして自身を形作ったと明かしていた。子どもの教育にも読書は大切と常々訴えていた」(NHK関係者)
番組ではしゃべらないキャラだったが、素顔はおしゃべり好きだった。番組スタッフを熱っぽく説得し、黙々と工作するスタイルを築き上げたという。
最終回の〝声出し解禁〟は自ら発案したという。当時の番組を知るテレビ局関係者の話。
「子ども目線を大事にしていた。スタッフが番組内で大人のはやりを持ち込もうとすると、『子どもには分からない』『それはしたくない』とピシャリ。最終回でしゃべることに反対意見も出る中で、ノッポさんが『しゃべりたい』と押し通した。番組への情熱はすごく、番組スタッフを怒ることもあった」
「できるかな」でナレーションを担当した〝天の声お姉さん〟とは番組でのやり取りでうまくいかないと、ノッポさんが説教することさえあったという。
不器用だからこそ妥協せず、子どものために長年、番組に尽力した。












