「ムツゴロウ」の愛称で親しまれた作家の畑正憲(はた・まさのり)さんが5日、心筋梗塞のため北海道中標津町の病院で死去した。87歳だった。特に受験勉強することなく東京大学に合格。大学院で動物学を専攻後、ギャンブルで稼ぎ、作家となってエッセーと小説を多作し、動物王国を作った。また映画監督を務め、絵の腕前は個展を開くほどで、日本プロ麻雀連盟最高顧問――常識では計り知れない異能の天才がゆえに、〝都市伝説〟も多かった。
ムツゴロウさんといえば、1980年~2001年まで放送されたドキュメンタリー番組「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」(フジテレビ系)で一躍有名になった。ユニークな語り口にほのぼのとしたキャラクター、動物愛あふれる人物として知られる。
実際は動物学者として、そしてぶっ飛んだ天才として驚がくのエピソードが多い。動物王国の日本からの独立をもくろんでいたというウワサがあったという。
北海道のメディア関係者は「動物王国は70年代初期に開園してました。番組が放送して間もないころ、『ムツゴロウさんが独立国家を作り、そのため独自の貨幣も準備していた。もうすぐ独立国家宣言する』という話が広がり、驚いた道民は多かったです。自給自足がかなわず、貨幣のコストが高くて断念したという結論になりました。実際は自然保護運動をしていて、手つかずの自然を残すための土地を買い取ろうとした話を、第三者が大げさに広めたというオチでした」と語る。
放送終了後の04年、東京・あきる野市に観光施設として「東京ムツゴロウ動物王国」を開園するも集客がうまくいかず、負債を抱え07年に閉園し、北海道に戻った。執筆と講演で借金を返済したという。
動物王国に関しては約20年前から「王国の収入の一つが大麻栽培で、ムツゴールドなる品種を開発し、オランダのカンナビスカップで銀賞を獲得した」というウワサもあった。前出関係者は「今でもネットで信じられているウワサですが、15年ぐらい前に某誌記者が本人に確認したことで、本人の知るところになり、自著で『麻薬の類いは極端に嫌いだ』とはっきり否定しています」。
自らメガホンをとった映画「子猫物語」(86年)が大ヒットしたが、子猫を何匹も殺したというウワサが出て、本人が否定したこともあった。当時映画に携わった人物は「子猫は一日単位で成長して大きくなってしまうから、チャトランの模様に似た子猫を何匹もそろえていたことが膨らんだ可能性が高いです」と明かす。
ナメクジをそのまま食べた、アナコンダに締め付けられた、ライオンに指をかまれ自ら引きちぎった、ゾウに倒れかかられ死にかけたなど、数々のエピソードを持つ。
ムツゴロウさんの講演を聴いたことがある男性は「動物愛というか、学者肌なんです。野生動物は距離を置いて保護し、ペットや家畜はそうではないという線引きをはっきり語ってました。だから、豚も牛も鳥も好きだけど、食べるのも好き。『人間が食べるために飼っているのだから』という考えでした。多くの動物を解剖し、構造を知り尽くしていて、『馬のことはよく知っているから競馬はよく当たる』とも言ってました」と話す。
実際、ムツゴロウさんが95年の秋の天皇賞の時、「スーパー競馬」(フジ系)にゲスト出演し、3番人気の牝馬アイリッシュダンスについて「フケ(発情)が来てます」と解説したところ、10着となった話は伝説となっている。
なお動物王国があったため北海道のイメージが強いムツゴロウさんだが、生まれ・育ちは九州。そのため札幌のテレビに出演した際、司会者から「ラーメンといえばみそラーメンですよね」と振られると、「いや、ラーメンはトンコツ一択」とバッサリ切り返したエピソードは道民の間で有名だ。












