女優で参院議長を務めた扇千景(本名・林寛子)さんの本葬が27日、東京・芝公園の増上寺で営まれた。扇さんは9日に食道胃接合部がんのため89歳で死去していた。宝塚歌劇団出身の女優であり、政治家としては大臣に議長まで務めたとあって、各界から約700人もの人が参列した。
喪主を務めた長男で歌舞伎俳優の中村鴈治郎は「女優、そして政治家、女房、最後には母だった。間違いなく走り抜けた人生だった」と話した。また、小泉純一郎元首相は弔辞で「女性が活躍する社会を目指し、その先頭に立って切り開いてきた。続々と後輩たちが続いている」と悼んだ。
小泉氏の言葉通り、政界でも先頭を走った。1977年の参院選に自民党から出馬して当選。94年には自民党を離党して新生党、そして新進党へ。さらに自由党を経て2000年に保守党を結成し、初代党首に就任した。
森内閣では建設相として入閣。省庁再編後には初代国土交通相になった。やがて保守党を解党し、保守新党を結党した後に自民党に復帰。04年に参院議長となった。
当時を知る永田町関係者は「扇氏が建設相に選ばれたのは過去の建設相による汚職があって、『女性なら悪いイメージを変えられるだろう』と期待されていたから。実際にはイメージだけではなく、扇氏は優秀で周囲の評判も高かった」と振り返った。
また、保守新党のシンボルマークは扇さんが発案したという。前出の永田町関係者は「確か扇さんのアイデアだったと記憶しています。音符を使ったシンボルマークでした。宝塚出身だから音符なのかなと思いましたね」と指摘。五線譜に2つの音符を使った笑顔をイメージしているマークだった。
次男の中村扇雀が「国会議員は母の天職だった」と話した通りかもしれない。












