ウクライナは、セベロドネツク市での敗退を認めず、軍を戦略的に配置転換したと主張しているが、説得力に欠ける。この文脈では6月初めのゼレンスキー大統領の発言が重要だ。

<ウクライナのゼレンスキー大統領は8日に公開した動画で、同市で「陣地を防衛し露軍に甚大な損害を与えている」と強調しながら、「この戦争で最も困難な戦いのひとつだ。あらゆる意味でドンバス(ルガンスク、ドネツク両州)の運命はそこで決まる」と訴えた。>(6月10日「毎日新聞」朝刊)。

 セベロドネツク市をロシアが制圧したことによってドンバス地域の運命は決まったのである。

 ウクライナ戦争に関する日本の報道は、「政治的、道義的に正しいウクライナが勝利しなくてはならない」という価値観に基づいてなされている。

 このことが総合的分析の障害になっている。一旦、価値を留保してウクライナの戦局を客観的にとらえ直す必要がある。この点で興味深いのが歴史学者、人口学者、文化人類学者として国際的に著名なフランスのエマニュエル・トッド氏の見方だ。

<ロシアが奪った土地は、現時点ですでに広範囲にわたります。黒海沿岸部、アゾフ海沿岸、東部と北部を加えると、ウクライナ領土の二〇%から二五%を獲得したことになるからです。しかも産業はこれらの地域に集中しており、ウクライナの産業地域の三〇%から四〇%に相当します。/「ロシア軍は、ウクライナの強い抵抗に遭い、進軍は停滞し、物資の欠如に直面している」と西側メディアでは報じられていますが、すでにこれだけの地域を占拠しているなかで、「ロシアは敗北した」と言うのは困難でしょう。過去のヨーロッパでの戦争と照らし合わせれば、今回のロシアの「戦果」は、ルイ一四世やプロイセンのフリードリヒ二世のそれより大きいとも言えるからです。>(エマニュエル・トッド[大野舞訳]『第三次世界大戦はもう始まっている』文春新書、54~55頁)。

 欧米の政治エリートや有識者でリアリズムの立場をとる人たちはトッド氏と同様の認識をしている。戦争が長引けば長引くほどウクライナの破壊が進み、非戦闘員の犠牲者が増える。停戦に舵を切らなくてはならない。