【八重樫東氏 内気な激闘王(16)】ボクシング人生で「天敵」と呼べる人間が1人いる。アマチュア時代に4戦全敗した元WBC世界フライ級王者の五十嵐俊幸だ。初対戦は高校(岩手・黒沢尻工)3年生。インターハイで優勝し高校最後の大会となる国体(ライトフライ級)の東北大会で1個下(高校2年)の彼に敗れた。その後もサウスポーを攻略できず、一度も勝てないままプロの道へ進んだ。
2013年、WBC世界フライ級王者(当時)の五十嵐に指名され、挑戦者として5度目の対戦に臨むことになった。正直、穏やかな心境ではなかった。アマ時代に4回も負けている事実に加えてナチュラルに挑発してくる言動がちょっと引っ掛かっていた(笑い)。
「手っ取り早く八重樫さんに勝って」と発言したり、試合直後に「八重樫さん、ありがとうございました! 3ラウンド(R)の左ボディー、効きましたよね?」と言ってきたり…。悪気はないと思うけど、もうちょっと言葉を選べよって(笑い)。まあ、そこが憎めないところではあるけど、とにかく5連敗は避けなければならなかった。
問題は最も苦手とするサウスポーをどう攻略するか。頭を悩ませていると、大橋(秀行)会長が「おまえが勝つ方法はこれしかない」と言って一つの動画を提示してきた。会長が現役時代に対戦した元WBC世界ライトフライ級王者の張正九(韓国)がサウスポーのイラリオ・サパタ(パナマ)と戦った試合(1982年9月19日、同級タイトル戦)だった。判定で敗れたものの、長身サウスポーのサパタを攻略した映像を何度も見返し、そのイメージを練習でアウトプットした。
13年4月8日、東京・両国国技館。WBC世界フライ級タイトルマッチ直前、最後にもう一度ユーチューブで張の動画をチェックしてリングへ向かった。ゴングが鳴り、コリアンファイターになりきった僕は頭を低くし接近戦に持ち込んだ。手数を増やし、サウスポーのアウトボクサーが嫌がることを徹底。何度も見た張の戦いを体現した。1回かみついたら絶対に離さない。その精神力と足腰には自信があった。作戦は完全にハマり、ついに五十嵐に勝つことができた(判定3―0)。
アマチュアルールは3Rなので、4連敗は12Rも負け続けたことになる。だから今回の12R判定勝ちで一発逆転。この勝利で2階級制覇となったが、そんなことより五十嵐に勝てたことが何よりうれしかった。よく使われる「リベンジ」という言葉では生ぬるい。僕の中では完全に「復讐」だった。高校3年の初敗北から約13年、ようやく実現できたが、そんな気持ちを五十嵐はいまだに知らないと思う(笑い)。
☆やえがし・あきら 1983年2月25日生まれ。岩手・北上市出身。拓大2年時に国体を制覇し2005年3月に大橋ジムからプロデビュー。11年10月、WBA世界ミニマム級王座を獲得し岩手県出身初の世界王者になる。12年6月にWBC同級王者・井岡一翔と史上初の日本人世界王者同士の統一戦で判定負け。13年4月にWBC世界フライ級、15年12月にIBF世界ライトフライ級王座を獲得し3階級制覇を達成。20年9月に引退。プロ通算35戦28勝(16KO)7敗。身長162センチ。












