119・120期のルーキーを取り上げる「challenge! 新人選手紹介」。蛯原杏奈はアスリートの町・北海道幕別町が送り出した新星。期待の新人に注目だ。
きっかけは「先輩より強かったんです」。スキーに打ち込んでいた高校時代、先輩が競輪にスカウトされた。「スキーでは夏の陸上トレーニングでロードバイクを使うんです」。その様子を見ていた競輪選手から先輩が声をかけられた時、ガールズケイリンを強く意識した。
高木菜那、美帆姉妹や日本マウンテンバイク界の英雄・山本幸平ら、多くのアスリートを生んだ幕別町の出身で「スケートを小学校1、2年の時にやっていて、スキーも兄がやっていたので大会にはどっちも出てました。スケートも上位に入っていたけど、スキーは体的に楽だったのでそっちが良かったんです(笑い)。滑り降りるだけなんで」と雪上競技にいそしんできた。
大学進学を考えている時、悩んだ…。「柔道整復師も考えました」。スキーも続けたかったが「大学に進んでも、ナショナルチームにも入れてなく、おカネの面で親に迷惑をかけてしまう」。スポーツ選手をトレーナーとして支える道も考える中、父から「若い時にできるのは競輪だろう」と言われて決心がついた。
高校は青森県の柴田学園に入学したが、高2の夏休みに師匠の斎藤明(61期)の子供が同級生だったこともあり、函館競輪場でバンクを走った。斎藤からは「普通じゃこんなに乗れないよ」と褒められてもいた。
118期の試験は、試験の前に右ヒザの前十字靭帯を断裂した影響もあり不合格。諦めずに函館のホワイトガールズプロジェクトで指導を受けることで、120期に晴れて合格した。まだ自分の走りを模索している段階だが、持っている素質は上位級。自分の走りを見つけて、アスリートの系譜に連なっていく。
【Q&A】
――北京五輪は見ていた?
蛯原 見てました! 立川競輪の参加中も見てましたよ。
――気になっている選手は?
蛯原 同じ幕別町出身の高木美帆さん。小学1、2年の時に大会に行った時に見たことあるんですよ。
――高木美帆はそのころからすごかった?
蛯原 次元が違いました。周りとは格が違う、っていう感じでした。
――会ったことは
蛯原 対面したことはないんです。幕別町にいる時は、ランニングしたり、自転車に乗っていたり、本当にストイックな姿を見かけてました。
――ちゃんと会いたい
蛯原 私がガールズケイリンで活躍して、会えるといいな…。
☆えびはら・あんな 1999年8月7日生まれ、北海道出身。師匠=斎藤明(61期)。国体スキー6位。高校選抜スキー優勝。












