【山本美憂もう一息!(19)】弟のノリ(徳郁さん)は総合格闘技(MMA)に転向後「山本“KID”徳郁」の名で一世を風靡しました。2005年大みそかに「HERO’S ミドル級世界最強王者決定トーナメント」で優勝。一時代を築きつつある中、突如レスリングで08年北京五輪出場を目指すと宣言するのです。

 06年7月、ノリは会見を開き「レスリングで五輪に行く夢があった。今29歳。これが挑戦する最後のチャンス。今しなかったら一生後悔する」と決意表明。「MMAをやりながら勝てるほど甘くない。それにレスリングしか練習しないでMMAで戦うのは相手選手やファンに対して失礼」とMMA休養も決めました。

 出場する階級はフリースタイル60キロ級。母校の山梨学院大で猛練習し、北京五輪代表選考会を兼ねた07年1月の全日本選手権に臨みました。会場は満席。私の前でノリは初戦に快勝。アテネ五輪銅メダルの井上謙二さんとの決戦を迎えました。

 過去の対戦成績は2勝2敗と五分。好勝負になるなと見ていたら開始早々に巻きの一本背負いを受けてしまいました。右ヒジはあらぬ方向に曲がってしまい、結果はフォール負け。思わず「ええ!」と声を上げました。

 ヒジは脱臼で全治3、4か月の大ケガでした。あの試合で、ノリはいつもと違うことをしました。前腕のタトゥーをテーピングでぐるぐる巻いて隠したんです。結構きちんとしているところがあって「レスリング会場でタトゥーが出るのはよくないかな」と配慮をしたのです。素肌であれば腕を取られても抜けるのですが、テーピングが滑り止めのような働きをして、抜けなくなっていました。隠すことに同意していた父(郁榮氏)も巻いたことを後悔していました。

 ベスト8入りし、最終予選会となる同年6月の全日本選抜選手権出場権は獲得しましたが、断念。北京五輪出場はなりませんでした。ノリはその後、再びMMAの世界で活躍します。

 出場を表明した際、多くの人が「MMAの華やかな舞台や高額のファイトマネーを捨ててまで、なぜ難しい選択をしたのか」「負けてしまうかもしれないのに?」と不思議がりました。私はこのノリの行動に「ああ、この人は、ただ有名になるだけの人ではないな」と感心しました。皆さんに、何かを訴える力を持っているな、と。

 やりたいことはあるけれど「挑戦して失敗すればプライドや名声を失うかもしれない」と尻込みすることがあるかもしれません。しかし結果はやってみないと分からないし、挑戦から得るものはたくさんある。ノリはいろんなものを背負っていましたが、人の視線や意見に影響されず、自分の夢に忠実でした。時には思い切ることも必要だと感じさせてくれました。
 山本家の五輪挑戦はこの後も続きました。

 ☆やまもと・みゆう 1974年8月4日生まれ。神奈川県出身。72年ミュンヘン五輪代表の父・郁榮氏の影響で小2からレスリングを始める。87年に中1で女子初の全日本選手権を制覇(44キロ級)し、47キロ級も含め5連覇。同選手権では計8度の優勝を誇る。91年、年齢制限のある世界選手権に特例で出場し史上最年少の17歳で優勝。94、95年も世界を制した。2016年にMMAに転向し「RIZIN」で女子格闘技をけん引。3人の子を持つ母。156センチ。