世界的銘木「屋久杉」が消える?

2016年02月03日 07時00分

土埋木が搬出される様子

 文化庁は1月28日に「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」(福岡)の来年の世界文化遺産登録へ向け、ユネスコへ推薦書を提出した。日本における世界遺産の島といえば、1993年に自然遺産登録された「屋久島」(鹿児島)が元祖だ。その屋久島で生息し、世界的にも銘木として定評のある「屋久杉」が、なくなってしまうかもしれない危機を迎えているというから一大事だ。

 屋久杉は、屋久島に生える樹齢1000年以上の杉のことを指す。それ未満のものは「小杉」と呼ばれている。屋久島の強風、多雨、独特な地質などの自然環境に対応して、抗菌性を持つ樹脂を多量に分泌しているのが特徴だ。

 1980年代に入って、屋久杉の伐採が禁止されたが、それ以前の伐採後に放置された切り株や幹などは土埋木(どまいぼく)といわれ、山中から運び出され、家具や工芸品の材料として使われてきた。2009年までは、トロッコに載せて運ばれていたが、その後、自然休養林「ヤクスギランド」のすぐ近くで集材・搬出作業をするようになってからは、トラックによって運び出されている。この作業は毎年、年末から年初めの時期にかけて行われきた。

 林業関係者の鹿島裕司氏は「もう何年もこの仕事に携わってきましたが、いよいよ土埋木の搬出も今年度で最後となりそうです。毎回、350立方メートルほど出してきましたが、今回もそれくらいになります。土埋木の集材作業は、ヘリコプターを使っているのですが、昨年12月にその3分の1は終わっています。残りは3分の2です」と話す。

 集材作業が終わると、トラックに乗せてふもとに下ろす搬出作業が始まるが「屋久島森林管理署とは、来年の契約はしていないのです。(島の南西部にある)栗生(の山の中)では、森林管理署による調査も行われているようですが、今後どうなるかは分かりません。寂しくなります」(同)。

 屋久杉は中世以降、建築材や造船材として利用されていた。豊臣秀吉が京都の方広寺大仏殿を建立した際、石田三成が島津義久に屋久島の木材資源調査を指示したこともある。

 17世紀に薩摩藩が伐採を手掛けてから、明治までに屋久杉の良木のほとんどが伐採された。明治以降は山林の大半が国有林に編入されたことから残されることが多くなったが、「小杉は屋久杉ではない」ということから大々的に伐採は進み、ピーク時の66年には10年分以上の量が1年で伐採されるほどの人気となった。

「栗生で調査をしていることは確かですが、ここから搬出をするかどうかについては何も決まっていません。ヤクスギランドのところから搬出をするのは、今年度で最後となります。もうトロッコで搬出することはありませんね。この産業にはいろいろな人が携わっていますし、林野庁としての方針もあります。今後、協議をしていかなければならないことだと思っています」(林野庁屋久島森林管理署)

 昨年3月に鹿児島市の県木材銘木市場で行われた屋久杉土埋木の入札会では落札価格が高騰。最も高い落札価格は、1立方メートルあたり288万円と過去最高値をつけた。現在、土埋木の搬出が行われている真っ最中。この作業が終了した時、長きにわたった屋久杉の伝統工芸そのものが終わることになる。