【直撃!エモPeople】格闘技ファンやラグビーファンから絶対的な支持を集めているのが“日本一熱いアナウンサー”矢野武氏(53=フリー)だ。最近では日本中を熱狂させた那須川天心VS武尊の「THE MATCH」(6月19日、東京ドーム)や、2015年9月のラグビーW杯イングランド大会で日本が南アに初勝利した歴史的試合などを実況。時には興奮して机を叩き割る熱血漢は、俳優から独学でアナウンサーになった異色の存在でもある。波瀾万丈の半生を聞いた。

 格闘技は「RIZIN」「K―1」など年間20大会以上、ラグビーは年間約50試合を実況。TBS系の人気番組「炎の体育会系TV」やNHK BS「魔改造の夜」の実況などバラエティー番組でも活躍する。特に「THE MATCH」の熱い実況は高評価を得た。

「10年後、20年後にも語り継がれる試合を実況できたのは光栄でした。戦前の盛り上がりを含め、6万人近い観衆があれほど熱狂したのは高田対ヒクソン戦以来ですかね。昔だったら気負い過ぎていたでしょうが、120%の力を出そうと自然体で臨めました。でも始まっちゃうとやっぱり実況中に立ち上がっちゃいますけどね(笑い)」

 結果については「K―1の中継もずっと続けてきたので、公平に中継しようという気持ちはありました。皆が作り上げたドラマが終わるという感じではなく天心選手の完封で、完封された武尊選手にもひとつの区切りだった。プロレスは終わったら笑顔でお客さんを帰してくれる。でも今回はドームからお客さんが泣いて帰った。再戦の機会もないしこれが最後。そういう意味では残酷性を感じました」と語った。

 実はその高田延彦対ヒクソン・グレイシー第2戦(「PRIDE.4」1998年10月11日、東京ドーム)も実況を務めた。

「入場時にヒクソンが実況席の横を通り過ぎた瞬間、火のような熱さが太ももに走ったんです。強烈なオーラでした。東京ドームを瞬発的に爆発させた2試合に乗っけてもらったことは一生の誇りです」と感慨深く語った。

 もともとは俳優だった。愛知・名城大附属高校(ラグビー部CTB)を卒業後、俳優を目指して上京。21歳の時にNHKの大河ドラマ「春日局」やTBS系「渡る世間は鬼ばかり」に抜てきされる。端正なマスクとガッチリした体格で将来を期待されたが、30歳手前で仕事が減り事務所も離れた。アルバイトをしながら「田舎に帰ろうか。どうしようか」と考えていた矢先、96年にCS格闘技専門チャンネル「ファイティングTVサムライ」が開局。オーディションを受け、独学でキャスターから格闘技実況への道を歩んだ。

「実況アナウンサーとして食っていくなんて思わなかった。局とは違って誰も何も教えてくれませんし、1人で自分で工夫してやるしかなかった。発声から何までまねするアナウンサーっぽい役者ですかね。逆に教えてくれる人がいたらダメになっていたかもしれない。自分は興奮すると机を叩いて立ち上がって叫んでいたので『うるさい』と怒られたでしょうね」と矢野氏は笑った。

 サムライやCS各局で実況を続けるうち01年に転機が訪れた。「学生時代もやっていたし、ラグビーの実況もやりたいと思い、J SKY SPORTS(現J SPORTS)に日参して『こういう者です。やらせてください』と直談判したんです。じゃあ一度、やってみるかということで、もらった仕事がいきなりスーパーラグビー12。段ボール一箱分のビデオをもらって『スーパーラグビーってなんだ?』というところから始まった。格闘技の実況とは違うし、ネットもなかったし、選手は全部外国人。ビデオを全部見て選手の名前から何から何までメモしました。フリーアナが少なかったので助けてもらった感じでした」

 まさに熱血的な行動でラグビー中継も始め、03年W杯豪州大会から19年の日本大会まで毎回現地で日本の試合の実況を務めた。当時から今でも選手の下調べに15時間はかけるという。

 15年9月、日本が南アを破った一戦では29対32で迎えた終了間際、日本がゴールでの同点を狙わずスクラムを選択した場面で「スクラムだ! 日本代表が南アフリカ相手に、スクラム組もうぜ! 宣戦布告!」と絶叫して視聴者を感激させた。結果は日本がトライを奪い逆転勝ち。ラグビー史上最大の大番狂わせを起こした。後世に語り継がれる名実況だった。

「とっさに出たセリフです。勝つともスクラムを狙うとも思っていなかった。『かかってこいよ、おい』という格闘技のような雰囲気でした。エディー・ジョーンズ(ヘッドコーチ)の手を離れて、選手たちが歴史を変えてしまった。前半が終わった時点でここまでやったら十分と思っていたんですが、最後のスクラムから逆転トライの瞬間は(精神的)ゾーンに入って叫んでいました。選手たちはいい試合をしようという気持ちはなく、ひたすら勝ちにいった。あれが日本のラグビーの歴史を変えましたね」

 現在は格闘技イベント「RIZIN」も毎回中継し、大みそかの“顔”にもなった。今後も格闘技とラグビーを柱に活動を続けるという。さらに来年はラグビーW杯フランス大会を控える。

「自分が担当しているうちにジャパンが優勝できるかどうか。まだふたつぐらい大きな壁がある。でも現役のうちにジャパンが優勝する瞬間を実況する夢だけは持っていたい。あとは格闘技も含め、いただいた仕事はすべて楽しく熱く燃え続けようと思います」と矢野氏は語った。今後も炎のような熱い実況に期待したい。

 ☆やの・たけし 1968年9月22日、愛知・大府市出身。ボイスオン所属。名城大学附属高等学校(ラグビー部CTB)卒業後、俳優を目指して上京。NHK大河ドラマ「春日局」、TBS系「渡る世間は鬼ばかり」に出演。96年にCS放送「ファイティングTVサムライ」のオーディションを受け、アナウンサーの道へ。格闘技の大会を中心に活動して2001年からラグビー実況も開始。03年豪州W杯から毎大会、日本の試合を担当。大学、リーグワン(社会人)の実況も務める。格闘技では「RIZIN」や「K―1」の実況で確固たる地位を築く。地上波でもTBS系「炎の体育会TV」などで活躍。176センチ、75キロ。