今だから話せるウルトラクイズ“危ない”裏話

2014年05月10日 09時59分

当時放送作家を務めた萩原氏とウルトラクイズの帽子を被る小倉アナウンサー

 元日テレアナで江戸川大教授の小倉淳氏(56)が9日、都内で「史上最大!第12回アメリカ横断ウルトラクイズ」(CSファミリー劇場、6月6日午後8時ほか)の番組PR会見を開いた。

 

 17年間続いた空前規模の特番だが、これまで再放送はおろかDVDも未発売だった。第12回は米大陸を縦断し、北極から南極まで番組最長の5万5000キロを移動。6月にW杯が行われるブラジルを通過し、ペレの息子もゲスト出演している。

 

 小倉は「あのころ、テレビをやっている人間なら誰でも参加したい番組だった。フジの山中(秀樹元アナ=55)らにうらやましがられたほど。ただ、超重労働の上、残業代が出ず月給14万円で大変だった」と四半世紀前を振り返る。

 

 40人のスタッフで5か月間、毎週会議を開いて問題を1万問作り、下見をした上で1か月間の現地ロケを行った。

 

 番組の構成を務めた萩原津年武氏(75)は「1本4500万円の特番予算の5本分だった。面白いものを作るのに金がかかって当たり前と、妥協せずに夢を追って17回全部赤字。プロデューサーが毎回始末書を書いていた。でも、スタッフからは日テレの社長も出たし、全員出世した。今のテレビでは、これだけぜいたくなものはできない」と語る。

 

 続けて「クイズ会議で一番嫌なやつは、司会の福留さん(功男アナ=72)だった。その問題は何回目のどこで出たと、狂ったように全部覚えていてダメ出しを食らったから」と留さんの天才エピソードを披露した。

 

 さらに「アラスカ鉄道を2分間止めたほか、罰ゲームで女性を一人ボートに乗せてイグアス川に流した。1キロ先の山からカメラで追っていたが突然、国境警備隊の船が近づき、機関銃で発砲した。あんな演出あったかと思っていたら、無線で拿捕されたと。買収して解放しろとコーディネーターにお願いしたら、Tシャツ3枚とキャップ3つで成功した」と危ない話を暴露。

 

 小倉は「四半世紀前なので時効ということで」と苦笑した。