強いアビスパを取り戻す――。J1福岡のMF椎橋慧也(29)が、リーグ戦最下位に沈むチームの再建へ決意を示した。今季加入した副キャプテンは、市立船橋高時代に主将として東福岡高に2度敗れ、最後の全国高校選手権では悔し涙を流した。恩師の忘れられない言葉や2歳年上の姉さん女房との生活など、ピッチ内外での素顔に迫った。
――今年3月に期限付き移籍で福岡に加入し、6月に完全移籍。決断の理由と福岡の印象は
椎橋 完全移籍は難しい決断だったが、自分が試合に出られていない時に声を掛けてくれた。自分を必要としてくれているクラブの力になりたいという思いで決めた。福岡はめちゃめちゃ住みやすい。都会でもあり田舎でもあり、自然もあって、本当に良い街だと思う。正真正銘、博多の漢(おとこ)になれるように、強いアビスパを取り戻したい。
――副キャプテンとして、降格圏に沈むチームをどう立て直すか
椎橋 自分も年齢が上の方になり、発言には責任が伴う。キャプテンの上島(拓巳)選手を支えながら、チームが同じ方向を向けるようにコミュニケーションを取っている。負けが続くと自信をなくしてしまいがちだが、こういう時だからこそ強気にプレーすることが大切。自分が先頭に立ち、プレーでも背中でも示していきたい。
――自身のプレーへの評価と、ボランチとしてのこだわりは
椎橋 今季はここまで全然ダメ。プレーで示さないと、周りの選手もついてこないし、結果も伴わない。反省点として受け止め、ここから巻き返したい。自分の武器は「縦パス」。受け手の特徴や試合の流れを考え、メッセージを込めたパスを心掛けている。
――市立船橋高時代は主将を務め、東福岡高に全国高校総体(インターハイ)と全国高校選手権で2度敗れた
椎橋 高校では自分よりうまい選手がごまんといて、伸びていた鼻を折られた。やり続ける精神力を学び、最後は諦めなかったヤツが勝つと信じている。東福岡との選手権はインターハイの雪辱を期して臨んだが、僕らが押していたのに、なかなか点が入らず、PKで負けた。サッカーで泣いたのは後にも先にもあの時だけ。ポロッと涙が出てきた。市船は優勝しなければいけないチームだと教育されてきたので、責任を果たせなかったことも悔しかった。あの時の悔しさは一生忘れないし、それが今でも僕の糧になっている。
――高校時代の恩師・朝岡隆蔵監督から忘れられない言葉を掛けられた
椎橋 高校1年の頃、初めて3年生の試合に出た時に「緊張した」と言った。すると「緊張するのは、自分ができると思っているから、できなかったらどうしようと不安になるんだ。お前なんか大した選手じゃないんだから、緊張するくらいならもっと準備しろ」と言われた。おっしゃる通りだと思った。何事も準備が大切だと気付かされ、今でも心に残っている。
――憧れたジダンと、神戸時代のイニエスタとの対戦について
椎橋 ジダンはドイツ・ワールドカップで見て、楽しそうにボールを扱っていた。イニエスタは対峙すると踏み込めない距離感というか、行ったらやられるという感覚がすごかった。トップレベルの選手は違うと肌で感じたし、ボールを奪うための距離の詰め方などを考えるきっかけにもなった。
――2024年には名古屋でルヴァンカップを制し、初タイトルを獲得した
椎橋 仙台でも柏でも天皇杯の決勝で負けているので、優勝するチームと2位のチームには大きな差があると痛感した。優勝しなければ分からないものがあり、タイトルを取ることのすごさを実感した。
――これまで最も影響を受けた選手は
椎橋 名古屋で一緒にやった永井謙佑さん。代表やオリンピックに出たキャリアがありながら、チーム状況が悪い時は先頭に立って批判を浴び、チームを底上げする。良い時は縁の下の力持ちとして若手を前に出す。その振る舞いにすごく影響を受けた。
――仙台、柏、名古屋、福岡と4クラブでプレーしてきた経験は
椎橋 人として成長させてもらったと思う。決してスーパーな選手ではないし、試合に出続ける難しさもある。環境が変わる中で、自分の良さをどう出すか、周りの良さをどう引き出すかを経験できたことが、自分の深みにもつながったと感じている。
――理想のタイプに「奥さん」を挙げている
椎橋 僕の2つ上で、姉さん女房という感じで尻に敷かれている(笑い)。僕の仕事を理解し、サッカーに集中できるように支えてくれている。自分のやりたいことも犠牲にして尽くしてくれているので、僕もサッカーで応えたい。本当に感謝している。料理もおいしく、カルパッチョとか好きです。
――夫婦での休日の楽しみは
椎橋 ネットフリックスなどを一緒に見ること。最近はアニメの「NARUTO―ナルト―」を見直している。妻も好きで、ふと「ナルト見ない?」となって一緒に見ている。ナルトの当たって砕けろの精神というか、ひたむきに頑張る姿が良い。
――目標に掲げる「いい男になる」とは
椎橋 公私ともに、人がついていきたいと思えるような、人を引き付ける男になりたい。
――今後、どんな選手になりたいか
椎橋 あと何年サッカーができるか分からない年齢になってきた。30代、40代でバリバリやっている先輩方に負けないくらい長くやりたいし、このチームでもタイトルを取りたい。
――最後に、サポーターへメッセージを
椎橋 今、とても苦しい状況の中で、スタジアムやDAZNで応援してくれている方が多いと思う。絶対にここからはい上がれるように、選手・スタッフが一丸となって戦うので、皆さんも一緒に戦っていただけたらうれしい。
☆しいはし・けいや 1997年6月20日生まれ、千葉県出身の29歳。MF。178センチ、75キロ。市立船橋高を経て2016年にJ1仙台へ加入。21年に柏、24年に名古屋へ移籍。名古屋では24年にルヴァンカップ優勝を経験した。26年3月に福岡へ期限付き移籍し、6月に完全移籍が決定。今季は副キャプテンを務める。背番号34。















