日本人として初めて宇宙飛行した元TBS記者の秋山豊寛さんが下部消化管出血のため8月26日に死去したことが1日、分かった。84歳、東京都出身。
 
 秋山さんはTBSでワシントン支局長などを務めた後、TBS創立40周年事業として企画された宇宙プロジェクトに参加。1990年12月、旧ソ連の宇宙船ソユーズTM-11に搭乗し、商業宇宙飛行を利用した世界初の民間人、かつジャーナリストとして初めて宇宙から生報道を行った。

 その際、宇宙ステーション「ミール」に滞在中のテレビ生中継で、「これ本番ですか?」と語り始め、地球を一周した際に「やっぱり青いです」と素直な感想を口にした姿が話題に。連日放送された番組で、無重力状態でカエルや玩具を使った実験をリポート。地球に帰還後「うまいものを早く食べたい」と語るなど、飾らない人柄も魅力的だった。

 95年にTBSを退職後は福島県へ移住し、有機農業に取り組む。2011年の東日本大震災および東京電力福島第一原発事故の発生後は群馬県に避難を余儀なくされたが、生活しながら手記「原発難民日記 怒りの大地から」を執筆。同年11月から18年まで京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)で教授として教壇に立った。

 退任後は三重県大台町に移り住み、自然と共に静かな生活を送っていたという。宇宙飛行士の国際組織「宇宙探検家協会(ASE)」にも所属し、民間宇宙開発の先駆者として歴史にその名を刻んだ人物だった。