23日の第8話で完結となったテレビ朝日系ドラマ「マイ・フィクション」のラストで、核心テーマに関わる言葉がさりげなく回収された。
どこか無機質な新興住宅街に住む主人公の介護士・伊川(玉森裕太)が突然、妻(宮澤エマ)を含む周囲の誰からも「知らない人」扱いされたことから〝自分探し〟が始まる。真相に迫った末に直面した恐ろしい現実。重罪犯を対象に記憶の消去と改ざんを行うプロジェクトが極秘裏に進められ、伊川はその施術担当の二宮なる人物が記憶改ざんされて生じた別人格であることが分かった。
最終話のラストはエピローグ。住宅街の新住民が、散歩がてら「どうも!」と周囲に声かけすることでおなじみの須藤夫妻から「分からないことがあったら何でも聞いてね」と言われる。日々の散歩について妻が「1万歩くらい」と言えば、夫は「実際にはだいたい6000歩」と訂正。すると妻は「それもう1万歩でいいでしょ」と話を盛ることを正当化した。
この夫婦トークはドラマの序盤にも見られた。歩数について夫が「7割増しはひどい」と言っても、「後で思い返した時に『あ~毎日6000歩歩いた』より『1万歩、歩いてたな~』の方がいいでしょ」と反論。それでも夫は「ウソのこと覚えてどうすんだよ」とツッコミを入れた。夫妻は散歩を口実に住民を監視するスパイとみられる。
犯罪者の記憶を普通の人のものに改ざんし、安全な人物として世間に戻す。二宮の施術は一般人にも及び、トラウマに悩む人から負の記憶をなくして穏やかさを取り戻させようとした。たとえウソでもより良い記憶を。まさに須藤夫妻の妻の主張であり、ドラマのタイトルにつながる核心的なテーマ。夫のツッコミできちんと疑問も呈している。
須藤夫妻のシーン後に二宮は、一時的に自分の息子となった少年・賢人が津村(野村周平)と由梨(森川葵)と一緒に歩くところを見かける。賢人が津村に「嫌いなもの多すぎ。キュウリも食べれない」と指摘し、津村は「キュウリは食べれるようになりました」と返す。「キュウリ」は物語のキーアイテムだった。
二宮を巡っては、由梨が「2年前に死んだ(とみられた)夫だ」と執ように訴え、二宮も受け入れて由梨の息子の賢人と同居する。それ以前、キュウリが嫌いな賢人はその理由に「パパはキュウリが嫌いだった」ことを挙げた。当時、二宮の記憶がなかった伊川はキュウリの入ったサンドイッチを手にしたりしていたが、やがて「キュウリ、ダメかも」と突然嘔吐する。自身が二宮であることを好き嫌いの変化が証明するシーンだった。
さらに、記憶改ざんされた津村が実は由梨の婚約者だったことが判明する。つまり二宮が見かけたのは、津村と由梨と賢人の親子3人の姿。「キュウリ」問答は、父と息子の〝絆〟を比喩したように映る。ドラマは多くの親子関係も描かれており、キュウリは核心テーマの象徴だと言える。












