【女子ボートレーサー・インタビュー 永田楽(23=愛知)前編】
――レーサーになったきっかけは
永田 父親がボートレースが大好きで〝なってください〟じゃないけど、そんな感じでなりました(笑い)。三姉妹の私が長女で、1個下と8つ下の妹。言われていたのは自分だけですね。自分もなりたいとは思ってました、お金がいいので…(笑い)。高校を卒業して入れるやつで受験したけど、受からなくて3回目でようやく受かりました。
――ボートレーサー養成所での思い出は
永田 養成所の時はマジくそ下手で…。うまい順で1号艇から割り振られていくんですけど、それの6号艇の中のみんなより一番離されて端に名前が書かれるくらい下手でした。楽しくなかったです。ボートに乗るのもそんなに楽しくなかった。勝てないし、スタートだって分からない。旋回だってバタつくし、怖いし…。ただ、帰りたいとは思わなかったです、レーサーにはなりたかったので。
――2023年5月20日にとこなめでデビュー
永田 スタートできないし、3走目でFをして…。1周1M回ったらもう6等、後ろの波のあるところを走るだけみたいな…。つまんなかったです。
――成長のきっかけは
永田 やっぱり師匠についたことですかね。師匠は広瀬聖仁さんです。師匠はああしろ、こうしろとは全然言わないですね。むしろノビノビやらせてくれています。「人それぞれだし、ペラもエンジンによって違う。自分に合ったのを見つけて」と言われています。
――細川裕子選手は姉弟子となる
永田 細川さんも最初から教えていただいています。細川さんの方が厳しいんですよ、師匠より(笑い)。本当にそのおかげです。師匠からも「あいつは厳しいけど、ついていけば強くなるよ」と言ってくれていたので、必死についていってるんですけど、なかなか背中は遠いところにあるようで…(笑い)。
――細川選手から言われることは
永田「乗り方が悪い。ペラが合っていない。回し過ぎ」ばっかりです。道中の走り方、走る位置は結構、教えてくれます。ただ、ペラの形とか乗り方は根本的に違う。「自分はこうしたら良くなったよ」とか言ってくれます。
――デビューして約2年が経過した
永田 前より成長していてほしい…(笑い)。前よりは握っていけるようになったのかな。休みの日は練習に欠かさず行ってます。私は練習番長補佐で、番長は松田真実さん。ボートは今は好きですよ、勝てるようなってから楽しいですね。
――デビューから約1年後の24年6月18日に初勝利。鳴門GⅢオールレディース最終日2R、4コースから差して1着
永田 そこからです、肩の荷が下りたのは…。それまではバンバンFをしてたんですよ、焦って焦って…。そこからFしてないんですよ。だから肩の荷下り過ぎだろって(笑い)。分かりやすく下りてます。初1着はうれしかったのもあるけど、ホッとしましたね。













