東日本大震災から14年が経過した。今年も3・11は東北の被災地だけでなく全国各地で地震のあった午後2時46分に黙祷が行われる。写真家の郡山総一郎氏は東京電力福島第1原発に近く、帰還困難区域が今なお残る福島県双葉郡浪江町津島地区の取材を続けてきた。郡山氏は「同じことが起きたらまた同じことになるんじゃないか」と風化を懸念した。(写真はすべて撮影・郡山総一郎氏)
郡山氏は震災直後から被災地入り。今でも毎年、被災地に行って取材を続けている。特に追いかけてきたのが津島地区で酪農家を営んでいた三瓶利仙(としのり)さんと恵子さんの夫婦だ。津島地区は津波の被害はなかったが、原発事故による放射性物質の影響をモロに受けた。
一度は避難した2人は牛の世話のために戻ったものの、後日、同県本宮市に移り、酪農を続けた。しかし、2015年に酪農を廃業することを決意する。
郡山氏は「それから大玉村に移って牧場を始めています。牛ではなく馬の世話。かつて住んでいた津島の人たちは住んでいるところがバラバラになってしまいました。利仙さんも恵子さんも現実的な考え方で早い段階から『津島には戻らない』と話していました。『戻ったところで何もない。生活できない』と」と明かした。
移転先で新しい生活を始める人たちがいる一方で、14年という歳月は東日本大震災そのものを風化させつつある。「福島では今でも震災報道がよくありますが、全国的には3・11前後だけでしょ? メディアに震災関連の企画を持っていきましたが14年っていうのが中途半端なのか今回はやらないって。14年は長いですよ」(郡山氏)
酪農家を廃業に追い込んだ原発をめぐる世論も変化している。「震災直後は『原発依存を脱却しないといけない』って空気感だったのが、今は『再稼働!』となっています。原発事故で直接亡くなった人がいないからでしょうね。元に戻ってしまっています」(同)
取材で浪江町に行くと人が増えたり、店ができたりと見た目の変化はあるという。
「しかし、時間が止まっているというか、本質的なところは変わっていません。家やモノが3・11からそのまま残っているところもあります。でも、現地から東京に戻ると、あれだけの被害があって犠牲もたくさんあって人々の生活が突然終わったというのに何事もなかったかのようで憤りを感じるんです。風化していますね。この国は震災の教訓を何も学んでいないから対策も進まず、同じことが起きたらまた同じことになるんじゃないかと」(同)
同じことにしないために14年という節目にしっかりと当時の教訓を思い起こしたい。















