漫才師の西川のりおがが31日放送のMBSラジオ「こんちわパラちゃん年の瀬ですょ!」に出演。「M-1グランプリ」の1回目大会(2001年)に大会創設者の島田紳助氏から〝オファー〟を受けていたと明かした。

 番組リスナーから「ひょうきん族の『オバQ』が好きだった。今はもうされてないのですか?」と質問が来た時のこと。

 のりおは「今後しないということはないですよ。やれと言われればやりますよ。シワだらけになりながらね」と冗談を飛ばし「それでね、M-1に関係してるのがね、M-1の1回目、紳助がね『兄さん、オバQで出てくれへんか』って深夜に電話かけてきたんですよ」と告白した。

オバQに扮する西川のりお(Youtubeから)
オバQに扮する西川のりお(Youtubeから)

 電話があったのは、第1回決勝の前日だったそうで「当時のマネジャーが家に来ててね、9時ぐらいにかかってきて2時ぐらいまであいつ電話何回も何回もかけてきて、『なんでそんなにかけてくんねん?』って言うたら、M-1という番組は、番組としてですよ、コンテンツやから面白いかどうか分からんから『兄さん保険で出てほしいねん』と。誰が保険やねん!言うて(笑い)」とオファーの理由を説明した。

 紳助氏がギャラを出すわけがないのに、いかにも払われそうな「額」を提示してまで説得してきたというが「出んかったんよ。結果今日があるけど、出んでよかったよ。出たらあの番組変わってたと思うわ。紳助出たら当然、俺イジりに来るもん。そしたら漫才より俺らがウケるの決まってるもん。絶対ウケるもん、それははっきり言うて。そしたらM-1が消えてまうやん。これ意外と知られてない話なんよ」としみじみ語っていた。