【今週の秘蔵フォト】再評価ブームが続く1980年代のJ―POPの中でも、突出した歌唱力と華やかなキャリアを誇るのが須藤薫だ。
獨協大学経済学部経営学科在学中から歌手活動を始め、79年に「やさしい都会」でデビュー。80年には歌唱力の高さに目をつけられ、松任谷由実の大ヒットアルバム「SURF&SNOW」にコーラスで参加し、注目を浴びる華々しいスタートを飾った。
その後も大瀧詠一や杉真理などから楽曲提供やプロデュースを受け、実力派シンガーとして活動。81年「あなただけI LOVE YOU」(作詞・作曲、大瀧詠一)は代表曲となり、82年「涙のステップ」もヒットを記録した。
そして83年3月15日からは松任谷、杉との豪華なジョイントコンサート「ワンダフルムーン・コンサート」で全国11会場を回り、大好評を呼んだ。同21日にはニューアルバム「Planetarium」を発売。まさに絶頂期にあった83年2月6日付本紙には須藤のインタビューが掲載されている。
当時所属したCBSソニーの社長は「須藤薫で5億円稼げ!」と厳命を下したという。大きな期待を背に受けつつ、須藤は「とにかく今、すごく燃えているの。スタッフのやる気も伝わってくるし、これで燃えなきゃ女じゃないわ!」と度胸の据わった姿勢を見せている。
音楽ファンの注目を集めた「ワンダフル――」については全員が54年生まれでO型。息もピッタリで「全員が自分をアブノーマルだと思っているし、人の悪口と“イヤらしい話”には異常な盛り上がりを見せる。ステージもハプニングが続出。期待できますよ」と堂々語った。ユーミンについては「リッチなポップスを歌うベストシンガー。ちょっと地味な気分の時には浴びるほど彼女の曲を聴きたい」と敬意を表した。
須藤は82年に松田聖子の「渚のバルコニー」でもバックコーラスを務めているが、松田からも「須藤さんってお姉さんみたいで大好き。ああいう歌のうまい歌手になりたいわ」と絶賛されている。黄金期ともいえた82~83年の後も、93年に音楽活動を停止するまで名曲を歌い続けた。
98年に杉とのユニットで活動を再開するも、2013年3月3日、骨髄異形成症候群のため58歳の若さで亡くなった。それでも須藤の残した作品はいまだに輝きを失ってはいない。 (敬称略)












