【今週の秘蔵フォト】1970年代中盤に歌、ドラマ、司会、グラビアと多くのジャンルで活躍し、マルチタレントの先駆け的存在となったのが相本久美子だ。
58年5月27日、東京・港区出身。73年9月、歌手の牧葉ユミのサイン会で本人にスカウトされて芸能界入りした。74年9月に近藤久美子の芸名でシングル「小さな抵抗」でデビュー。76年に相本久美子に改名すると、マルチタレントとしての才能が開花する。特に日本テレビ系「TVジョッキー」で土居まさるのアシスタント(~82年)を務めると、全国区の人気者となった。78年6月27日付本紙では、20歳の相本のインタビューが掲載されている。
当時はタレント、DJ、CM、歌手などでフル回転。明るいキャラクターとキュートなルックスで人気絶頂期を迎えており、新曲「涙のドライブ」を発売したばかりだった。「久しぶりのレコーディングで上がりましたが、でも気分いいですね。キャンペーンやサイン会をどんどんやってヒットさせたいです」と意欲を見せている。
ラジオ番組「ラブリー歌謡曲」でもDJとして人気を集めており「私、落合恵子さんの感覚が好きなんです。ラジオをやっていると相手(聴取者)もDJとして見てくれて、恋人とかの悩みを打ち明けられるんですよ。他人の人生についてとやかく言えるほど、人生経験は豊富じゃないですけどね」と笑った。
理想の男性像については「冷たい人が好きなんです。19歳までは分別がありましたけど、20歳になったからいいんじゃないですか。お酒も少しは飲めます。年とともに自然に成長していきたいですね。自分では今から“恋”が咲いていくと思います」と語った。
4年間、日記をつけており「書き表すのが好きで詩も書くんです。200編ぐらいありますが、将来LPの中に入れたいですね。1人になった時や旅に出た時、自然とイメージがわいてくるんです」と乙女チックな部分も明かしている。2000年代に入ってもドラマなどで活躍。息の長いタレントとして個性を発揮し続けた。

















