フリーアナウンサーの古舘伊知郎が13日、自身のユーチューブチャンネルを更新。ゲストに自民党の〝重鎮〟石破茂衆院議員を招き、故田中角栄元首相の秘蔵エピソードで盛り上がった。
石破氏は1981年、議員だった父の死去後、角栄氏から「おまえが出ろ」と促され、政治家を目指した。初当選は1986年の衆院選挙。当時全国最年少29歳で政界入りを果たした。
ただし、石破氏によると「スタートは中曽根派なんですよ。当時は中選挙区制だったから。鳥取県は定数4。本来は田中派なんですけど、もうすでに田中派の人がいたから。2人同じ選挙区から出れないんで、角栄先生から『おまえな、どうしても田中と一緒にやりたいってことだったら、代議士当分なれないよ。もし田中と別れてもいいって言うんだったら、中曽根派に行け』って言われました」という。
また、初の選挙戦では角栄氏から「おまえみたいな兄ちゃんがどうして代議士になれるか。おまえなんか大したやつじゃない。お父さんのおかげで名前の売り賃がタダなんだ」「普通の人がそこまでいこうかと思ったら1億8000万円かかる。おまえはそれがいらないから出れるんだ」とも言われたという。
石破氏は角栄氏に1年半ほど間近で仕え、様ざまな場面を見てきた。
「昭和58年だったかな。角栄先生と2人きりで目白のお屋敷で話して。しみじみと言われたのが『角栄もいつまでもこんな権力があるわけじゃない。そして派閥は永遠ではない』って言われましたね」
角栄氏と言えば、ウイスキーの「オールドパー」を愛飲していたことでも知られるが、石破氏いわく「私が見たのは1回だけ」。その光景がまた印象的だ。
「竹下(登)先生が経世会っていうのを作って、一種のクーデターですよね。人が(角栄氏から)サァーといなくなって。その時私、呼ばれて1対1で話したんです。朝の7時半。その時だけ、朝からオールドパー飲んでいた」
こうしたエピソードを振り返りながら、石破氏は「角栄先生の言葉は1つ1つ鮮明に覚えています。あの人、人間じゃないからね。神ですよ、神」とキッパリ。〝話し手〟である古舘も「あのダミ声と人をつかむ訴求力、しゃべりの掴みですよね、それから中身のある言葉。天才ですよね」と同意していた。












