【今週の秘蔵フォト】キュートかつ愛くるしいルックスで「ビーバーちゃん」と呼ばれ、1970年代中盤にお茶の間の人気者となったのが香坂みゆきだ。

おどけた表情も!
おどけた表情も!
スタイルも抜群だった
スタイルも抜群だった

 3歳の時にモデルとしてスカウトされ、小学生時代は学習雑誌の表紙を飾っていた。75年4月からはフジテレビ系の超人気番組「欽ちゃんのドンとやってみよう!」のマスコットガールに起用されて一気に人気者となる。77年4月「愛の芽ばえ」でレコードデビュー。77年11月22日付本紙ではまだ中学3年生で14歳だった香坂のインタビューが掲載されている。10月に3枚目のシングル「青春舗道」をリリースした直後だった。

「学校に行ってる間はみんなより子供なの。でも不思議でね、仕事場では中学生という意識はまったくなくて、アッケラカンとしているのよ。来年はやっぱり高校に行きたいですね。一応は、堀越学園を狙っているんですけど…。私ってその日によって性格が違うんですよ。何か精神が安定していないようで…いけないと思いながら自我を通しちゃうの」と大きな瞳をクルクルさせて笑顔を見せた。当時は厳しい家庭教師の元で英語や数学な
どの受験勉強に励んでいたという。

 当時はNHK「レッツゴーヤング」のレギュラーとして歌や踊りで活躍していたが「意外と恥ずかしがり屋なんです。学校の学芸会はいつも裏方さん。みんなと一緒にやれば大丈夫なんだけど1人じゃダメ」とタメ息をついた。それでも「私だって普通の女の子。沢田研二さんと会えばドキドキしますしね。エヘヘ…」と笑いつつも「将来はしばたはつみさんみたいにじっくり聴かせられる歌手になりたい」と大きな夢を語った。

 結局、翌年には堀越学園に入学して無事卒業。ドラマや映画など活動範囲を大きく広げた。84年にリリースした「ニュアンスしましょ」(作詞大貫妙子、作曲EPO)が資生堂のCMソングに起用されて、デビュー10年目にして最大のヒットを記録した。その後も歌やドラマなどで活躍し続けて、息の長いタレントとして現在も活躍中だ。