【今週の秘蔵フォト】 ユーミンこと荒井由実作詞作曲の「まちぶせ」(1981年)の大ヒット、NHKの人形劇「プリンプリン物語」(79~82年)の「プリンセス・プリンプリン」の声優として大人気を集めたのが石川ひとみだ。
78年にフジテレビ系「君こそスターだ!」で優勝し、同年5月に「右向け右」でデビュー。キャッチフレーズは「78年最大の輝く瞳」。破格のプロモーションにより鳴り物入りでデビューした。78年5月26日付本紙ではデビュー直後の石川のインタビューが掲載されている。見出しは「今年歌謡界最大の〝輝く瞳〟新人」。当時18歳の笑顔は何ともキュートでめまいがしそうだ。
芸能界入りは両親に反対されたが愛知・名古屋短期大学付属高を卒業後に単身上京。渡辺プロの寮で暮らしていた。「学生時代は今振り返ると、何をやっていたのかと思うんですが、憧れの歌手になって初めて生きているという実感が感じられるんです。紅白歌合戦も出たいし新人賞も取りたい」と希望に満ちた表情を見せている。
記事によればブロマイド写真の大手、マルベル堂のカメラマンには「君はブロマイドのために生まれてきたような子だ」と絶賛されたという。インタビューの直前には水着撮影のため沖縄に行ったが、愛知の地元は山ばかりで学校にはプールもなかったとか。
「水着なんて持っていなかったし、着たこともなかったんです。それにプロポーションも太り過ぎていて自信がないし…」とタメ息をつきつつ「私って小さいころから人見知りする方なんです。相手から話しかけられないと、自分からしゃべれないんです。体も弱かったし…」と戸惑いを隠さなかった。それでもグラビアなどで人気は急上昇した。
しばらくはヒット曲に恵まれなかったが、ユーミンも後にセルフカバーした「まちぶせ」が81年に大ヒットすると、一気にトップアイドルの座に。念願の紅白歌合戦にも出場した。
その後は脱アイドル路線や肝炎による休養(87~88年)を経て、芸能界に復帰。積極的に音楽活動を再開して、現在も全国ツアーに励んでいる。












