落語家・笑福亭鶴瓶が26日、自身がパーソナリティーを務めるニッポン放送のラジオ番組「笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ」に出演。急性大動脈解離のため、22日に亡くなった、弟子の笑福亭笑瓶さん(享年66)について語った。

 笑瓶さんは1981年に鶴瓶に弟子入りし、しばらく大阪で活動したが、87年に拠点を東京に移し、所属事務所も松竹芸能から太田プロダクションに移籍した。現在では、大阪で活動する芸人が東京進出するのは当たり前になっているが、当時はまだ珍しかった。

 これについて鶴瓶は「松竹では売れへんからよ」と説明する。「お前、絶対(松竹に)居てても売れへんよって。オレもやっぱり売れさせたいから、だから東京のところに頼もうとしたわけですよ。『松竹に絶対、居てたってアカンで』ってオレが言うたんです。向こうへ行けって」

 当時の太田プロには、現在も所属している片岡鶴太郎や、現在は離れている山田邦子らが所属。さらにビートたけし、たけし軍団も在籍していた。

 東京に進出すると、笑瓶さんはすぐに頭角を現した。鶴瓶は「ウィッキーさんのモノマネしたりとか、(「魔法使いサリー」の)よしこちゃんとか。早いんですよ、アイツ」と話していた。