【今週の秘蔵フォト】1980年代にいわゆる「歌謡ロック」と呼ばれたジャンルで圧倒的な存在感を放ったのが、アン・ルイスだ。「ラ・セゾン」「六本木心中」「あゝ無情」などの大ヒット曲をカラオケで熱唱した方も多いのではないか。いずれもカラッとしたロック色の強い名曲で、いまだに人気は根強い。

 歌謡曲とCMを中心に活躍していた時期の73年8月4日付本紙には、まだアメリカン・スクール(休学中)に在籍していたアンのインタビューが掲載されている。当時17歳ながらも見出しは「特技?恋愛パイロット」。米国籍のハーフらしく恋愛についても、あっけらかんと語る表情が印象的だった。

 歌手デビューは71年の「白い週末」。72年にはさくらカラーのCMに出演して「色鮮やか~」のフレーズと同時に人気者となり、74年「グッド・バイ・マイ・ラブ」が初のヒットを記録した。インタビューはその前年4枚目のシングル「わかりません」をリリースした後に行われている。

 アメリカン・スクールでは“姐御肌”を自任して、当時は「ステディー」がいたと明かしている。「私、積極的だからステディーはどんどんいるわよ」。「どんどん」という妙な表現は付き合って別れた男性が多かったという意味らしい。「数え上げたら、そうね、20人ぐらいはいたみたいね」とあっけらかんと語る。1週間付き合って合わなければ次、というパターンだったようだ。

 男女から恋愛の相談を受けることが多く「恋愛パイロット」と呼ばれた。「どうしてミーのところに相談がくるのか分かんないわねえ。『今、付き合っている相手が他にいい人がいるらしいんだ。アン、どうしたら相手の気持ちを確かめられる?』とか。じゃあ直接聞けばいいじゃない?と答えて相手がもじもじしていると、じゃあミーが聞いてあげる!って」と笑顔を見せた。

「売れるとツンツンしてくるようなタレントじゃない。どうせやるなら楽しいほうがいいでしょ」と、当時はファンへのサインにも気軽に応じていたという。そのポジティブな姿勢が後の全盛期を呼んだのかもしれない。80年にロック歌手の桑名正博と結婚し、長男の美勇士(ミュージシャン)をもうけた(84年に離婚)後も、90年代にもヒット曲を連発したが、2013年に芸能界を引退。現在はロサンゼルスで平穏に暮らしている。