【八重樫東氏 内気な激闘王(9)】 2005年3月26日、記念すべきプロデビュー当日は波乱の連続だった。前夜は緊張でほとんど眠れず、試合会場では精神的な支えの松本(好二)トレーナーが病気でミット打ちできないハプニング…。ある意味、なるようになれ!と開き直れることができたが、入場曲が鳴った瞬間、すべての不安が吹き飛んだ。

 大学の友人に薦められた入場曲「Move on」に乗って花道を歩き出した時の爽快感は生涯、忘れることができない。アマチュアでは絶対に味わえない感覚。プロの入場ってこんなに楽しいか!と感激し、リングに上がった時にはすっかり有頂天になっていた。

 ゴングが鳴って試合が始まると驚くほど冷静になれた。プロの8オンスのグローブが怖かったのでパンチをもらわないように集中していると、流れの中で奇麗な左フックが決まった。1ラウンド(R)1分20秒、KO勝ち。倒しにいったわけでもなく、本当に自然にパンチが当たった。人ってこんなに簡単に倒れるのか…と驚いたことをよく覚えている。だが、その時の心境は「うれしい」ではなく「負けなくてよかった」。プロ入り時の前評判がそれなりに高かったため、しょっぱい判定勝ちだけは避けたかったからだ。

 勝った瞬間、リング上でベロを出して喜んでいる映像が残っているが、なぜあんなことをしたのか自分でもよく分からない。恐らく興奮していたのだろう。リング上は唯一、自分の本性を発揮できる場所。小さいころから内向的だった僕がひそかに抱いていた闘争心が表に出たのだと思う。普段の僕を知っている人はビックリしただろう。今振り返っても、あの時にリング上にいた自分はまるで別人だった。

 デビュー戦を快勝した僕は、その後もコンスタントに勝っていった。勢いに任せてポンポンと3連勝し、4戦目のフィリピン人と初めて10R(判定勝ち)を戦った。アマは3R、プロ3連勝もすべて2R以内の決着だったため、初めて経験する長時間の試合。とても疲れ、ダラダラとつまらない内容だった。試合をしながら会場(横浜文化体育館)がシーンとなっているのを感じ、お客さんはつまらないだろうなと思っていた。

 メリハリのない試合を経験した僕はすぐに反省した。これからは1R3分の中で「波」を構築し、それを12回繰り返さなければいけない。意図的に試合のヤマ場を作り出すのだ。そう心がけて練習に取り組むと、いきなり次の試合で成果が出た。06年4月3日、デビュー5戦目の東洋太平洋ミニマム級王座決定戦。自分の頭で戦術を考え、プロボクサーになって最もうれしい瞬間を迎えた。

 ☆やえがし・あきら 1983年2月25日生まれ。岩手・北上市出身。拓大2年時に国体を制覇し2005年3月に大橋ジムからプロデビュー。11年10月、WBA世界ミニマム級王座を獲得し岩手県出身初の世界王者になる。12年6月にWBC同級王者・井岡一翔と史上初の日本人世界王者同士の統一戦で判定負け。13年4月にWBC世界フライ級、15年12月にIBF世界ライトフライ級王座を獲得し3階級制覇を達成。20年9月に引退。プロ通算35戦28勝(16KO)7敗。身長162センチ。