7月にデビューした115期の宮下一歩。在校65位(69人中)ながら、1着も多く、コンスタントに決勝進出するなどまずまずの滑り出しだ。気になる名前の由来は「両親に確認しましたが、僕の名前と例の有名なボクシング漫画とは一切関係ありません」と笑顔で語ってくれた。
競走訓練での1着回数が1回と競輪学校(現日本競輪選手養成所)では苦戦が続いた。しかし、デビュー戦の7月弥彦で②①(6)。その後も1場所1勝ペースで勝ち星を増やしている。「なんで勝てるのか自分でも不思議なんですよ」と苦笑い。着々とパワーアップしているのは間違いない。
甲子園出場経験こそないが、地球環境高、京都学園大(現京都先端科学大)時代は野球に情熱を燃やした。大学卒業後は王子(愛知県春日井市)に入社も「プロ入りを目指して社会人野球の道に進んだが、力不足ということを痛感した」。野球がダメでもプロのスポーツ選手になりたい一心で競輪の世界に入ることを決意した。「最初は適性試験での合格を目指したけれど思った以上にハードルが高かった。そこで今の師匠(小峰烈・98期)を頼って技能試験で競輪学校を目指した。会社も辞めて背水の陣で臨んだけどタイムが思うように出なかったし不安しかなかった」。しかし、諦めない心が通じて念願のプロ入りを果たして今に至る。
「初めて頂いた賞金はうれしかったのひと言。自分の脚で稼いだ、貴重なお金ですからね。プロになったんだと実感しています。自分の頑張り次第で賞金額が増えるわけだからやりがいというか魅力はありますよね」と、目を輝かせる。
「野球では思い切りのいいバッティングが売りだった。競輪でも思い切りのいい積極的なレースがしたい」。そして「先のこと、将来のことはまだ言える身分ではない。今は目の前の一戦一戦で全力を出すことのみ」と言い切る。まさにその名の通り「一歩一歩」の努力を積み重ねチャレンジ卒業を目指す構えだ。
――「一歩」という名前の由来を必ずといっていいほど質問されますよね
宮下 両親に確認しましたが、例のボクシングの漫画とは関係ありません(笑い)。「歩」という言葉が好きで、兄弟みんなに「歩」が付いています。
――兄弟は何人
宮下 4人です。自分は長男なので「一歩」。弟は「周歩」(しゅうと)。一番下の弟が、そのまま「歩」(あゆむ)。姉が「佐歩」(さほ)。
――同期の阿部架惟都(あべ・かいと)は名前の漢字が難し過ぎて小学時代はひらがなで書いていたと言っていたが
宮下 その点、自分は小学1年生で覚える漢字なので助かっています。まあ、この「一歩」に関する質問は競輪場の数だけ受けると思っていますから覚悟はしています。
☆みやした・いっぽ=1992年11月24日生まれ。長野県登録の115期生として7月に弥彦競輪場でデビュー。身長180センチ、体重90キロ。












